第1話 突然のこと

大学3年の夏。

人生の夏休みと呼ばれる大学生活の中でも更に自由である夏休み。

普通の大学生ならば夏休みなど貰ったら飛び上がって喜び、海に女の子との一夏の思い出作りにでも繰り出しだり、普段できない沖縄や北海道などの遠方へ旅行へ行ったりするだろう。

しかし、夏休みが始まって1週間が経ったが悲しいことに俺は何もしていなかった。


5月あたりから原因不明の高熱が出るようになって大学の授業をオンラインで受けるようになり、体調もずっと悪く連絡なんてほぼ取れずに夏休みまで来てしまったからだ。

新学期で研究室なども始まったりして新たな人脈が増えるというのに学校に行けなくなり、世界的パンデミックのおかげさまで今までの友達とも関係が薄い中での長期休み。これは詰みである。


元々それほど人と関わるのよりも自分一人で過ごす方が好きであるためそんなにダメージはないが、大学の友たちよ、少しは心配してくれてもいいだろ。と少し拗ねながら目が覚めると全身に寒気と背中に強烈な痛みがあることに気がついた。

痛くて起き上がることさえ一苦労。日常化してきた体温チェックを済ませると41.5度を記録。

初めての高熱記録に薄ら笑いをしながらベッドの横に置いてある2ℓの水をがぶ飲みし突っ伏して意識を手放した。






「おはよう、よく寝ていたね」


朧げな意識の中で聞こえた方へ目を向けると人の形をした白いモヤみたいな者が俺に喋りかけてくる。

何だこいつ?と戸惑いながら一旦起き上がって周りを見渡すと、白というかベージュのような空間が無限に広がる中でポツンと馴染みのあるアパートに付いてきたベッドがあり、その上に俺が座っていた。


「はぁ...?ここは何処なんですか?」


寝ぼけているのか夢なのか知らないがこんな空間は記憶にない。


「君は神を信じるかい?」


白いモヤがこちらの質問を無視して喋りかけてくる。


「いえ、全く。一切信じてません。」


特に理由は無いが俺は神を信じていない。起こる事には原因があり、奇跡と呼ばれるものは偶然の産物としか思っていない。

というか宗教の勧誘っぽい?もしかしてベッドごと拉致された?


「そっか〜。まぁそういう人を選んだ訳だし、別にいいんだけどねー。」


ちょっとやさぐれ気味にグレーがかった白モヤが言った。

なんか機嫌を損ねたみたいだがそれは一旦放っておいて、気になることが聞こえたため聞き返す。


「選んだ...?」


「そこなの〜?まぁ分からなくもないけどさ、少しは反応してくれてもいいんじゃないかなー」


白モヤが地面を数回蹴ってから上目遣いでこちらを見てくる。何処が目かはわからないが。


「はぁ...、すみません。何分初めてのことで混乱しておりまして。ええと、ドウカシタンデスカー?」


少し面倒くさいが話してもらわなくてはならないので、取り敢えず聞いてみる。


「謝る気と聞く気ある〜?」


なんか見抜かれている気がするが真顔で頷いてみせる。


「まぁいいけどさ〜。僕はね、いわゆる“神”と呼ばれてる者なんだー。だから一切信じてないって面と向かって言われてちょっと...って自分で言うのなんか恥ずかしいね笑」


もじもじしながら白モヤが薄ピンクモヤになってなんか言っている。

どういう原理なんだ?一周回って冷静になってきた。


「おーい」


それにしても“神”か…

実際、現代において見たことがない光景だし、よく考えると熱も背中の激痛も消えているため、これは自称“神”のある空間か明晰夢かどちらかだと思うのだが。


「何で反応しないの〜?もしかしてびっくりして固まっちゃった?笑」


明晰夢だとしたらと思い、古典的な方法だが自分で自分をつねってみる。痛い。痛みはある。夢じゃないのか...?


「おーいってばー!」


白モヤが今度はちょっと薄い赤モヤになって叫んでいる。

大きな声嫌いなんだよな。だが深く考え込んでしまっていたみたいだ。

まぁ暫定“神”の一旦話を聞いてみよう。


「それで神さま?が何用で自分の元に?」


「まだなんか信用されてないみたいだけど...まぁいっか。それはね〜、異世界に行ってもらうからです!!」


白モヤが橙モヤになってそう発表した。見えないはずの顔がドヤ顔に見える。

ドヤ顔でウキウキに発表したところ悪いが、俺は一気に不信感が増した。何故決定事項みたいに言うんだろうか。高校生や中学生の厨二病全盛期の俺なら喜んでいただろう。しかし、もう年齢を重ね、現実と作り物の区別のつく厨二卒の俺には響かない。


「異世界?それはファンタジー的な?本当にあるんですか?というか何のために?」


「本当にあるよ〜、剣と魔法のファンタジーなところ!理由はね....特にないかな!」


ほぉ、想像通りのものがあるらしい。理由の方は何か間があった気がするが。まぁ何かあっても嫌なことをしてまで生きていたくないしやらなければ良いからいいか。


「それじゃあ早速送っちゃうよ!頑張ってね〜!」


「ん?え?!」


説明終わり?特典何もなし?全然何も聞けてないんですがー!!

まぁ色々押し付けられて恩着せられるのも嫌だしいっか。どんな生活になるだろうな。自由に生きたいな。


そうして俺はまた意識を手放した。

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