極彩の魔法使いと旅をしています

碧コア

第1話 大魔法使いルドラウの最後 前編


 とある大陸の世界大戦末期。


 二十年以上続いた大陸全土に暮らすさまざまな種族、国家を巻き込んだ泥沼の戦争。それも少しずつ収束し各地で終戦の声明発表され終わりがみえていた。



「ルドラウよ、此度招集したのは他でもない。わが国でもこの戦争に終わりを告げる。国を代表してその幕引きを頼みたい」


(……やっとか、王族貴族のプライドやら損得に振り回されてどれだけの血が流れたことか)



 この世界に転生して五十五年、前世の知識と魔法、魔術の研究で多くの功績をあげて成り上がった。


 王宮魔術師長という立場は自由に研究はしやすかったが人間関係のしがらみが多かった。何度、すべてを投げ捨てて隠居生活を考えたことか。


 しかし妻(王宮魔術師長補佐官)と息子(王国騎士団第三番隊団長)がいたため今の生活を維持することを選んだ。



 国内外腐りきっている。過去、ここさえといった場面が何度もあったが政治の駆け引きとやらで膠着状態になるのをみているしかなかった。


 ある戦場では、国境守備隊に所属していた私の親友を戦力温存のために見殺しにしたことを知ったときはどんな身分が上の相手であろうと本気で焼き払ってやろうかと思った。


 ――その後、妻も子も戦場で死んだ。自分と同じ戦場に配属されていれば守ることができたのに。


 この馬鹿げた戦争がやっと終わるのか……。



 もう自分を縛るものはない。今は妻も子も故郷も戦争で失った――孤独な身だ。残ったのは長年好き勝手使っていた研究室くらいだ。


 他にこの国に未練はなかった。王宮魔術師長の肩書がありながら貴族の社交にはどうしても馴染めなくて人付き合いはほとんどなかったし、それ以前に自分がさまざまな功績、名声を集めたため他の者から妬み、嫌われていた。


(この王国に十分尽くしてきたはずだ。もういいだろう?旅に出よう)


 恥ずかしながら魔法、魔術の研究に明け暮れた人生だったためこの世界のことをあまり知らない。自分の目で見て周るのもいいだろう、きっと理想郷があるはずだ……。


 いや、世界大戦でどこも酷いことになっているのだろうか……。それでも……。



 自由という言葉に憧れる。大切な者をすべて失ったことを自由と呼ぶのだろうか?――戦争が終わったら自分のことを誰も知らないところへ行こう。





 ――この国の戦争の幕引きの相手は長年いがみ合ってきた隣国クリチリラ王国。妻と子のかたきでもある。


「極彩の魔法使いと呼ばれた、そなたの究極魔法の使用を許可する、一撃で終わられてくれ。おぬしの妻と子の敵を討つのだ――」



『極彩の魔法使い』とは多彩な魔法を使う私につけられた二つ名だ。並外れた威力の大魔法も多く扱うためこの国の切り札、兵器として外交のカードにされてきた。



「かの国を攻め滅ぼそうとすれば極彩の魔法使いが現れる」「極彩の魔法使いの存在は『必勝』である」


 とはいわれるが戦時中、本気の魔法を放ったのは二回だけ。それだけでも大陸に名が広まったらしい。


 強すぎる力は孤立する。国王は他国が同盟を組み剣を向けてくること恐れて、以降大魔法の使用を禁止され『極彩の魔法使い』は防衛のカードとなった。



 大魔法でけりをつけてくれ、か……なにを今更。と思ったがもうこんな戦争を終わらせたい、これで終わりにする。


 今回の作戦、アタッカーは私一人、その他護衛は少数精鋭。その中に二人の剣聖イヴェレット・ダグタスとイヴェレット・マーレスも同行していた。


 個人的には一人でパッと行ってサッと終わらせたほうが早いのだが見届け人の意味合いもあるのだろう。


 この二人の剣聖と宮廷魔法士長(自分)を含めて「アズーリシル王国の三英雄」と呼ばれていた。三人が一つの戦場に揃うことなんてなかったな、国王もそれだけ本気なのだろう。この作戦失敗は出来ない。



 ――見えてきた、あれが両国の境界にあるベアネルソル峡谷のベアネルソル砦。


 奪い奪われ、世界大戦が始まるずっと昔からこの土地、この砦兼採掘所を取り合ってきた。


 ベアネルソル峡谷は世界的に有名な鳳凰石が埋蔵された大地。そして鳳凰石が埋蔵されているということはその下の地層には王金属オリハルコンが眠っているといわれている。


 世界でも十指に入る希少性の高い天然鉱石とされている。


 この王金属オリハルコンを手に入れるため両国を支援する国も多数あり今日まで両国疲弊することなく、いがみ合いが続いたという理由だ。



 そして今回、世界大戦の終わりが近い。


 大陸全土、各国が足並みをそろえ終戦宣言が公表されればわが国アズーリシルと隣国クリチリラもいったんは刃を鞘に納めなければならなくなる。


 その時まで砦を死守さえすれば、あの土地はある程度の期間は戦後、占拠していた側の所有になる。


 だからこそ今、砦内には隣国クリチリラ王国とその同盟国の援軍が加わった最高戦力が集結し最後の防衛に入っている、との情報だ。



 今回、そのベアネルソル砦ごと消し飛ばす作戦だ。最高戦力を丸ごと失えば敗北を認めざるを得ないはず。


 砦を吹き飛ばすということは長年築いてきた採掘所も潰れるということだ。再建はかなり大変だろうが隣国の最高戦力を削る方が理があると国は計算したのだろう。



 ――森を抜け視界が広がり、遠くに砦が目視できる位置まできた。ここに来るまで戦闘はなかった、森も見晴らしのよい平原も問題なく進軍した。邪魔するものは現れなかった。


 隠密や潜入といえば基本闇魔法を使うが私はオリジナルで創った火と水と風の複合魔法【陽炎カゲロウ】を使い、部隊全体を覆うように展開した。


 破壊や殺戮に特化した魔法の五倍は苦労して編み出した魔法だけあって、動く集団を丸ごと隠すのに闇魔法よりも優れている自慢の魔法だ。


 昼夜問わないのもポイントが高い。


「それでは【陽炎カゲロウ】を解除します。陣形を維持したまま周囲を警戒してください」


「ルドラウ様、まだベアネルソル砦までかなり距離があるがここでやるのか?」


 そういえば声の主、剣聖ダグタスと一緒に戦ったことがなかったな。長い戦争だったのに一度も同じ戦場に居合わせたことがないのは意外だ、自分の魔法も報告でしか聞いたことがないんだな。


「そうですね。かなりギリギリですが任務遂行を可能な距離です」


 ベアネルソル砦の位置が目視でき、襲撃を受けても敵軍に囲まれにくい場所として前から考えていた場所(スポット)だ。


 剣聖に言われた通り距離が若干キツイがそこはガッツで乗り切る。



「はじめます」


 目の前の地面に巨大な光の輪が現れる。【形成】その範囲内でけたたましい音をあげながら土が、石が、岩がうねり盛り上がり、見上げるほどの丸く巨大な土塊へと変容した。


 一つ目の光の輪がおさまると続いて新たな光の輪が現れ【圧縮】土塊が蠢き、密度をあげながら収縮を繰り返した。


 さらに新たな光の輪【重力操作】が圧縮された土塊を囲み、それを覆うひと際大きな光の輪1と土塊の下に現れた光の輪2【空圧噴射】が土塊を空へと打ち上げた。


 たちまち巨大な土塊は空へと吸い込まれるように遠く小さくなっていく。迫力のある光景なのに聴覚がおかしくなったかと思うくらい静かな打ち上げ、大気の流れの操作もうまくいった証拠だ。



 集めて、固めて、打ち上げる。それだけなら魔力さえあれば数人がかりで再現まねすることは出来るんじゃないかな。



 ここからだ。


 打ち上げた土塊は雲より高く、ざっくり想定通りの高高度に到達した。打ち上げ用の風魔法が切れ土塊の重量が勝れば自由落下に移行する。



 あらかじめ仕込んでいた光の輪が土塊を淡く光らせる。


 究極の土魔法がひとつ【重力操作】は物質にかかる重力の向きを魔力で自在に操る魔法だ。


 土塊は指定された位置に吸い込まれるように落下しはじめる。



 そう、土塊の落下地点はベアネルソル砦だ。


 今、魔法で重力という理が変化し、巨大な質量の土塊を操っている。目測で微細な角度修正を加える。それだけでも消費する魔力は相当な量なのに、目標地点の距離が魔法使用者の位置からかなり離れているため、さらに必要とする魔力量が跳ねあがる。


 大陸でも有数の魔力量の持ち主とたたえられた私でも一度に吐き出す魔力が多いと貧血のように体の力が抜けてしまうが、ここで目視による位置指定の集中力を切らすわけないはいかない。



(体が鈍っていたなぁ)


 極大クラスの魔法を練習でポンポン撃つことはできないし許可が下りない。


 大規模な魔法は作戦上、使う機会が少なく実戦経験が足りなかった。そんな嘆きをしつつも、しかしまぁ問題はない制御は完璧。もう砦に着弾は確定だ。



 ――ベアネルソル砦には砦全体を覆うドーム状の魔術防壁が展開している。過去こちらの国が砦を占拠していた時期に私が設置したものだ。


 どんな攻城兵器だろうと上位種のドラゴンブレスだろうとも破ることはできないと謳われた最上級の防衛魔道具のひとつだ。


 しかし、質量の暴力には無力!設計者本人だからわかる魔術防壁の耐久限界値。


 さて、エネルギーの【方向】はもう大丈夫だから【速度】に残りの魔力を変換する。


 すでに巨大な土塊は紅く光り亜音速にまで達している。



 遠く、――肉眼で爪くらいの大きさに見える砦に上空から光る粒が落ちるのは流れ星のように短い時間の出来事だった。


小隕石コメット


 着弾した瞬間、ドーム状に張られた魔術防壁と土塊の衝突で辺り一帯が眩く輝く。


 続いて大規模な衝撃波が巻き起こった。遅れて、ここにまで暴風が届いたくらいだ。


 土塊が砕かれた様子も弾かれたりもしなかった。



 決まった!




 一瞬、視界が揺れた。



 魔力の放出のし過ぎでふらついたか?気が緩んだのか?と思ったが、すぐに自分の腹から二本の剣が飛び出しているのに気がついた。


 理解が遅れあとからやってくる、激痛。あまりの衝撃にそれが痛みだとわからなかったのかもしれない。


(後ろから奇襲!?)



「が!はっ」


 衝撃で呼吸ができない。体を突かれていて後ろを振り返ることも身動きをとることもできないが、『反射・反撃』の特性を組み込んだ自作のタリスマンが背後の敵を倒しているはずだ。


 自分が受けたエネルギー量を与えてきた相手にそのまま還す呪いの一種。たとえ素早く身を引いて回避しようとしても運命は決定している。因果(いんが)の呪い。



 もしこれが通じない相手であればかなり厳しい戦いになる。



 ……それにしても周りの護衛騎士が動かない。これも奇襲してきた敵の能力か?


 私もいくら重力操作に集中していたからといって背後をとられるまで気づかせず、そのうえ護衛騎士の動きまで止めるってどんな攻撃を受けたんだ?


 どんな敵だ?情報が欲しい。



「ダグタス様!」「マーレス様!」


 ん?剣聖がどうかしたのか?お前たち動けるのか。だったら早くこの剣を抜いてくれ!治癒魔法が使えない。


 二人の剣聖も負けたのか?もしかしてベアネルソル砦は囮だったのか?まずいぞ。



「おい!狼狽えるな××××を使え!」


 なんだ?なんでお前たち、護衛騎士がこちらに剣を向けるんだ?……それにアレは大型魔獣を足止めや捕縛するために私が開発した魔道具『鎮魂歌レクイエム』だ。


 あの魔道具は起動すると瞬時に発現した水が標的を覆い氷結する。体を停止させるだけでなく心までも鎮める、取って置きの最上級魔道具である。――国王に献上したはず!なぜここに?


 こちらは痛みに耐えるのに精いっぱいだというのに騎士団は幻覚?幻惑?混乱しているのか?剣聖は何をしている!!


 痛覚は遮断した!剣を抜かなければ――。



「発動!」


 騎士団長の号令とともに「六枚の姿見のような」魔道具が青い光を放った。


「やめろ!正気を取り戻せ!」



 私は水に包まれ、見る間に氷結し、ろくに身動きも取れないまま意識を手放した――――。




 クリチリラ王国はどんな力を隠していたんだ……。

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