祓い屋詐欺師と霊能者
松田詩依
1話「詐欺は身近に」
梅雨入り直後の六月中旬。いまいちパッとしない蒸し暑い雨模様の休日。
人で賑わう観光地浅草。ホッピー通り近くの小さな喫茶店。雨雫滴る窓際の席には二人の女性。
メイプルシロップをたっぷりかけた二段重ねのホットケーキを頬張る友人の向かいで、彼女は甘いカフェオレを味わう。
「じゃーん。来月、うちのサークル主催の作品展に出展することになりました!」
嬉々として差し出されたDMを見て
「えっ、凄い。絶対見に行くよ」
喉につかえた物をメロンソーダで流し込みながら、一も二もなく喜ぶ友人。
二人は高校からの友人同士。美夜は心理学、まどかは美術と別々の進路を選んだが、大学生になっても変わらずこうして頻繁に会っていた。
まどかは大学入学を機に髪をばっさりと切り、ミルクティ色に染め、緩いパーマもかけた。すっかり今時の女子大生だ。
対する美夜は高校の頃から変わりない。背中で綺麗に揃えられた黒髪。黒で統一された服装は適度に肌こそ見えど魔女を連想させる。眉下で切り揃えられた前髪から覗く冬の夜のような切れ長の瞳がまどかを映す。
「まどかがブレスレットしてるなんて珍しいね。あれだけ嫌がってたのに」
ふと、まどかの左手首に下げられたターコイズのブレスレットが目に止まった。
絵を描くときに邪魔になるからと、今まで腕時計すら身に付けることを嫌がっていたというのに。珍しいこともあるものだ。
「これね、ハライヤさんから買ったの。一つ一つ手作りしてるんだって」
「へぇ……パワーストーンなら魔除けにもなるし、私も買ってみようかな」
まどかがはにかみながら見えやすいように左腕を前に出す。
ターコイズオンリーのシンプルな作りのブレスレット。鮮やかな発色の玉にはターコイズ特有の黒い網目模様が入っている。
美夜は石に聡くはないが良い代物だと思った。なにせこのまどかが買う気を起こしたのだ。良い店に違いない。パワーストーンならば気休めのお守り代わりとして役に立ちそうだ。是非、紹介してもらいたい。
「私ね。なんか悪い物が憑いてるんだって。それでね、カミヅル先生がこれをつけてれば大丈夫だよって」
美夜が口に運ぼうとしていたホットケーキが皿の上に落ちた。
鳩が豆鉄砲を食らったように、美夜は友人を見た。
「……ごめん。聞こえなかった。もう一度言ってもらっていい?」
「だからね。私に悪いものが取り憑いてるみたいなの。それで、このブレスレットがお守りになるんだって」
話の雲行きが怪しくなっていく。
美夜はここで初めてホットケーキを食べる手を止めた。何より食い意地が張っている彼女が食事の途中に手を止めるのは珍しい。まどかは友人の様子の変化を悟り、僅かに背筋を伸ばす。
「ちなみに、それ。幾らで買ったの?」
怪訝な視線で美夜は左手首を指差した。最初は綺麗に見えていたブレスレットが怪しく見えていく。
「えっと……お母さんには内緒に、してね」
まどかは目を泳がしながら言い淀む。しかし美夜の突き刺さる視線に耐えかね、耳元で呟く。
耳が音を拾い、脳が言葉を処理する。その間、一秒。
「十万!?」
狭い店内に響き渡る程の声だった。
「ちょっ、美夜。声大きいよ!」
周囲の客と店員が驚いてこちらの席を見る。
まどかは慌てて両手で美夜の口を覆い、周囲に頭を下げた。
「十万なんてありえない。完全に詐欺だよ。絶対おかしいって」
美夜は震える手でブレスレットを指差す。
「先生が念を込めて手作りした世界にひとつだけのものだし。それに素敵だし……悪いものが寄ってこないならいいかな……と思って」
「なに先生って。店じゃなくて個人から買ったの? いつ、どこで。名刺とか貰ってない?」
「ちょ、ちょうど先週の日曜日に。新宿御苑でスケッチしてたら声かけられて……ええと、確か名刺が……」
矢継ぎ早の問いかけに、まどかは慌てて鞄の中を漁る。
すぐに出てきた名刺を美夜は奪うように引っ手繰る。お洒落なデザイン名刺。中央には大文字で「神流水雅水」と名前が記されていた。肩書きは「祓い屋」連絡先は電話番号のみだ。
祓い屋、カミヅルマサミ--明らかな偽名。明らかに怪しい肩書き。怪しい臭いしか漂ってこない。
美夜は宝石に全く詳しくない。ターコイズの値段の相場なんて知る由もない。だが、これがおかしいことは明らかだ。
この祓い屋と名乗る人物は、まどかに悪い物が憑いていると唆し、お守りと称して明らかに高いブレスレットを売りつけた。明らかに霊感商法だ。
おっとりしていて人を疑うことを知らない友人をカモにするなんて許せない。第一、彼女に悪い物が憑いているなんて--そんなこと絶対にあるわけがない。
「まどか!」
「はい!」
怒気が篭った声に、まどかは肩を震わせた。
美夜の切れ長の瞳が細められる。テーブルの上で握られた拳がわなわなと震え、今にも髪がうねりだしそうな程彼女は怒り心頭していた。
「今すぐにその祓い屋呼び出して」
最後の一切れに勢い良くフォークを突き刺して、荒々しく最後の一口を頂いたのであった。
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