第12話「混じり交わる世界」

 僕たちはこうして、またアパートの一室に集まった。

 といっても、僕の部屋じゃない。

 壱夜いよの家が管理してる同じアパートの、空き部屋になっていた場所だ。ちなみに、丁度僕の部屋の隣になる。今日からここで、花未はなみが暮らすことになるのだ。

 謎の転校生がこんなにお隣さんなはずがない。

 うん、なにか一本ラノベが書けそうな展開である。


「お嬢様、電化製品はこれで全部です」

「ありがとう。花未君、これは二度も迷惑をかけてしまったお詫びだ。受け取って欲しい」


 冥沙めいさ先輩って、大金持ちのお嬢様なんですね……家は確か神社って言ってたけど。でも、例のSPみたいな黒服の巨漢たちが、次から次とシロモノ家電を搬入してくれる。

 冷蔵庫、洗濯機、うんうんイイネ! 電気とガスの契約もやってくれたし、ちょっとした食器やポット、鍋にやかん……イイネ! 何故なぜかダブルベッド、イ、イイネ?

 あっという間に、必要最低限の暮らしが完全に揃ってしまった。


神凪冥沙かんなぎめいさ、感謝する。これで任務に専念できそうだ」

「その、特異点? だったね。微力ながら私も協力しよう。きっと、彼女も手を貸してくれる」


 ちらりと冥沙先輩が視線を滑らせる。

 その先では、クローゼットに花未の服やら下着やらをセットする壱夜と摩耶まやがいた。

 いやいや、摩耶は男の娘オトコノコだが。

 その摩耶も、冥沙先輩と目が合えばお互いに意味深な頷きを交わす。

 二人は共に、例の特異点反応とやらが高い人間同士ということになるな。


「ちょっと、摩耶? 手、止まってるんだけど」

「あっ、ごめん壱夜。えっと、俺もちゃんと説明が必要だと思ってさ」

「ま、そだね。でも、あとででいいよ? 摩耶は摩耶なんだしさ」

「壱夜……きゅん」

「あっ、ちょ、ちょっと、勘違いしないでよねっ!」

「わはは、冗談だってー、冗談」


 二人は和気あいあいと花未の衣服を整理し終えた。

 その花未だが、先程から冷蔵庫を開けたり閉めたりしている。なにが珍しいのだろうか? あとは、ガスコンロに鍋ややかんを乗せてみては、感心したように目を丸くしている。

 どこの文明から来たんだい、お前さん……そう思っていると、黒服の連中は最後に挨拶して帰っていった。それを見送り、ふうと冥沙先輩も一息つく。

 しかし、凄い絵面だなこの部屋。


巫女みこにセーラー服に男の娘……このクローズドサークル、盛り過ぎでは」

「そういえば、仔細しさいの説明がまだだったね……狂言寺きょうげんじヨハン先生」

「だーかーらー! 先輩、それだけはやめてお願いしますごめんなさい」

「し、しかし私は君のファンなのだ。作品は全部買って読んだし、その……お、し? なのだよ」


 壱夜が花未を呼んで、クローゼットの中を説明し始めた。

 その間に、僕は冥沙先輩と少し声をひそめる。

 勿論もちろん、摩耶も加わってきて、三人で情報を共有する時間を作った。


「私は代々巫女の家系で、この日ノ本ひのもとを怪異から守護する使命を帯びている。……フッ、こうして口に出してみると、なんだかヨハ――いや、隆良たから君の作品みたいな話しだな」


 まったくである。

 

 冥沙先輩の話では、神代かみよの昔から神凪家は日ノ本を守り、歴史の影で闇から闇へと魔を狩っていたらしい。巫女装束みこしょうぞくに太古のつるぎは、代々受け継がれてきた霊験あらたかなものとのことだ。

 だが、冥沙先輩の攻撃はワイバーンにはほとんど効いていなかった。

 そのことで、今度は摩耶が口を開く。


「俺も代々魔女の家系でさ。やってることは冥沙先輩と似たような感じかなー?」

「……私は魔女という概念は知らなかったし、そのような組織があることも耳にしたことがないが」

「俺だって、巫女さんがチャンバラで魔物退治なんて初耳だよ」

「だが、互いに敵対する意思はないと見た。ならば協力し合えるのでは」

「うんうん。今回とは逆に、俺の攻撃が通用しない敵だって出るかもだしな」


 摩耶は魔女、マジカル・マーヤだ。

 先代の魔女だった姉の跡を継ぎ、男ながら魔法少女として戦ってくれてるのだ。その摩耶が、例の文庫本を取り出した。少しキラキラしてて、いかにも魔女っ子もののマジカルアイテムっぽいやつだ。


「これは、俺たち魔女が幻邪イビルシード封印ページングするために用いる本……聖魔外典モナーク


 ――

 この世の全ての魔物を記したという、魔女たちの必須アイテムだ。なお、そこには冥沙先輩が追っている日本の怪異は記されていない。

 別属性、つまり西洋系と和製系で分類されてるらしい。

 ワイバーン等の西洋系を網羅したのが、聖魔外典という訳だ。

 だが、ここで意外な事実が明かされる。


「人類の歴史とともに生まれたこの本は、沢山写本されて魔女たちに使われてきたんだ。俺のは第970版かな。えっと、編纂者へんさんしゃは……狂言寺ヨハンって人だってさ」

「むむ! なんと……!」


 突然、冥沙先輩がクワッ! と目を見開いた。大きな双眸そうぼうは星の海、キラキラ綺麗な黒い瞳で摩耶へと彼女は迫る。

 そして、ガッシ! と聖魔外典を手で握った。

 勿論、狂言寺ヨハンの名前を聞いた僕は、もう無理限界……やめて! とっくに狂言寺ヨハンこと僕のライフは0よ!


「お、おいおい、先輩。はなせって……どした? え、なに?」

「読みたい……まだ、この世に狂言寺ヨハン先生の未読作品があったとは……っ!」

「え、ちょっと待って、なあ! 隆良、なんか冥沙先輩がおかしい……いや、もとからちょっとおかしげだけど」


 だが、そこでようやく摩耶も「あ!」と気付いた。

 そう、魔女たちが太古の昔から使ってるマジカルアイテム……その一部へ手を入れたのが、この僕ということになっているのだ。

 ありえない。

 脳内にバストダンジョン構文が過る。

 インターネット老人会っぽくてスマン、ついな……


「そっか、狂言寺ヨハンって、隆良のことか! え、なんで?」

「待て、摩耶君。先生をつけろ……狂言寺ヨハン先生だ!」

「うわ、先輩ひょっとして狂言寺ヨハンが好き? 強火勢?」

「好きだっ! う、うう、言わせないでくれ……大好きなんだ!」


 いやこれ、なんの罰ゲームですかね。

 冥沙先輩は耳まで真っ赤だが、何故か嬉しそうだ。っていうか、学園一のクールビューティ、双璧とまで言われた美少女が……なんかフヒヒとキモい笑顔になっている。

 でも、なんだか年相応な表情を見れて、ぐっと親近感が高まった。

 で、何故か僕が編纂したことになってる例の聖魔外典を、冥沙先輩が手に取り開いた。


「……摩耶君。大半が白紙なんだが」

「ん、封印前の幻邪はみんな、どうやらこの本から抜け出たらしいんだよね。666体と言われてるよ」

「む! 先程の竜は描かれているな……ああ、この文体は間違いなく狂言寺ヨハン先生」

「ワイバーンを今日は封印できて、これで全体の三分の一くらいかなあ」


 と、ここまで語ったところで、じっとりした視線を感じた。

 振り向くと、蚊帳かやの外におかれている壱夜がふくれっつらで僕を見ていた。そして、むくれたままプイと視線を逸らす。

 壱夜にも話すべきか……だが、彼女はどこにでもいる普通の女の子だ。

 壱夜にだけは、平和ないつも通りの日常を謳歌おうかしてほしいのだ。

 そう思っていると、小さく花未が手をあげる。


千夜壱夜せんやいよ、生理用品を買い忘れた。


 な、なにを突然!

 勿論、壱夜もありえない顔でドン引きしていた。


「ちょ、ちょっと花未っ! ……そういうことはね、もうちょっとこう、オブラートに」

「オブラートは必要ない。口からの投薬ではなく、生理用品の話をしている」

「あーもぉ、わかった、わかったから! エチケットも少しは考えてよね」


 ぶつくさ言いつつ、壱夜は自分の家へ向かうべく部屋を出ていった。

 そして、四人になったところで花未が話に加わってくる。


「かなり自然な形で、千夜壱夜に席を外してもらった。我ながら上手い手を使うものだ」

「お前なあ」

「分かっている、みなまで言うな一ノ瀬隆良いちのせたから。私の肉体には生理など存在しない」

「そうじゃなくて……は? いや、なに言ってんのこの子、大丈夫?」

「それより、話をまとめよう」


 そう言って、花未は床になにかを並べ出した。

 それは、黒服たちが運んできてくれた品々の梱包材、針金の入ったビニールの紐だ。場所によっては結束バンドとも言うし『ねじりんこ』とか『ビニールピン』とか様々な商品名のあれである。

 黒いそれを真っ直ぐに伸ばし、横にずらっと花未は並べた。


「世界線は常に分岐し、無限の可能性へと広がっている。この一本一本が、それぞれの世界線だと思ってくれ。そして――」


 不意に花未は、とある一本を手にする。それを器用に結んで、元の位置へと戻した。


「この結び目が特異点。この特異点を持つ世界線が、今の私たちがいる現在としよう」

「ふむ。それで?」

「特異点が発生したことで、因果融合現象いんがゆうごうげんしょうが起こったと考えられる」

「因果融合現象?」

「つまり、こうだ」


 結び目を持つ紐の左右、近い世界線を端身はざっくばらんに纏めて掴んだ。そして、それを全部たばねてねじる。

 僕たちのいる世界線は、太く一本になってしまった。


「極めて近しい世界線が引き寄せられ、このように入り混じってしまったのだ。神凪冥沙の世界、纏摩耶まといまやの世界……ゆえに、私はこの現象を解決するために特異点を追っている」


 なんだかデカい話になってきた。

 訳がわからない……だが、はっきりしていることが一つ。

 特異点を放置すれば、この世界は勿論、巻き込み混ざりあってしまった世界線も消滅するとのことだった。

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