STORM DAYS!

ながやん

第1話「ありえない日常?」

 眩い朝日がまぶたに痛い。

 晴れやかな空には今、すずめのさえずりが舞う。

 睡眠不足に、冷めた作りおきのコーヒー……うん、いつもの徹夜明けだ。

 その仕事の成果物を今、メールで編集部に送る。

 僕の名は一ノ瀬隆良いちのせたから、現役高校生作家だ。

 主にライトノベル、若者向けの娯楽エンタメ小説を書いている。


「さて、学校にでも行くか。ふああ、あふ……眠い」


 今なら五秒で眠れるが、学生の本分は勉強である。

 なにより、学園生活には作品のネタが無数に散らばっているのだ。

 ……まあ、ラノベみたいな事件なんてめったにないけどね。

 顔を洗って歯を磨き、身だしなみを整える。いつもの制服に袖を通して、牛乳を一杯。さあ、この春から二年生になったんだ。新しいクラスにも慣れてきたし、今日も無難に学園観察に徹しよう。

 そう、現実では僕は陰キャである。


「ん、電話……対応早いな、ってか起きてたのかな? 木崎こざきさん」


 不意にスマートフォンが着信を告げる。

 このメロディは、編集部の担当さんだ。

 液晶画面に指を滑らせれば、朝からかなりハイテンションな声が響き渡る。


「おはようございます、木崎さ――」

『おはようございました、狂言寺きょうげんじヨハン先生!』

「ど、ども」


 狂言寺ヨハン、これが僕のペンネームだ。

 中学生の時にデビューしてね……そ、その、ちょうど二年生でね。つまり、そういう誰もが患う流行病ちゅうにびょうの真っ最中だったんだよね。

 今では少し、いや、凄く後悔している。

 そんな淡い古傷も、木崎さんの声で吹き飛んだ。

 やや体育会系を感じる、ハキハキとした女性の言葉が突き刺さる。


『プロット読ませて頂きました! !』

「はやっ……あ、あの、具体的にはどういう感じで」

『まずですねえ、設定がありえないっ! いくらラノベでもこれはナシですよ!』


 そ、そうだろうか……?

 まあ、そうだろうな。

 今度の新作は、いわゆる異世界ファンタジー系のSFだ。っていうか、ちょっとミステリーな推理小説ティストも加えてある。

 なにそれごった煮? 闇鍋やみなべ

 いやいや、ラノベ業界も多様性社会を迎えてるんだ。

 突飛なだけのアイディアは個性とは言わないが、そこはそれ。僕なら書ける、僕は書きたい……なにより、みんなに読んでほしいんだ。

 けど、木崎さんにはイマイチだったらしい。


『まず、ロボはダメです!』

「はあ……」

『だから、日常の学園生活にロボットのパイロットをやってる少女が突然転校してくる、これはいけません。前例ないですし、そもそもロボ系ラノベは流行はやらないんですよ』

「え、いや、それってフルメ――」

『あれはボーイ・ミーツ・ガールなラブコメ、ミリタリーギャグラノベです』


 他にも、副生徒会長が宇宙人だとかありがちらしく、日本刀で妖怪退治をしてる美少女がはもう古いとまあ、まあ全部が全部全否定だった。

 確かに、現実ではありえない設定のオンパレードだ。


「でも、面白くないですか? こう、ワクワクするというか」

『いーえっ! ちっとも! ……面白くない、訳、ないですけど。いやむしろ、私は好きなんですけど……ちょっと、難しいですね』

「はあ、やっぱりですか」

『編集会議で推すには、もう少し作品の解像度が高い方がいいです。あとは、複数の要素が入り混じった結果、メインとなる柱のテーマがぼやけてます。ぶれてますね』

「なるほど、確かに」


 木崎さんはベテラン編集者なのだが、その話をすると「歳がバレますから!」と怒る。でも、厳しいけど指摘は的確だし、見ての通りレスポンスが超早なのが頼もしい。

 編集者は、作家にとって最初の読者、そして唯一の確実なファンだ。

 二人三脚で書き続けて三年、僕は木崎さんには全幅の信頼を置いている。

 だからこそ、言いたいことはきっちり言わなきゃいけないのだが、


「あっ、と、とりあえずメールでもらってもいいですか? 僕、これから学校なんで」

『っと、そうでしたね……要点をまとめてメールします』

「でも、そこまでありえない設定だったとは……すんません」


 昔から何故なぜか、純粋な王道ファンタジーや本格SFが好きだった。ハイファンタジー、ハードSFドンと来い! 異世界転生やスペースオペラも大好きだ!

 でも、なんだろう。

 ファンタジーとSFって、別ジャンル、別物なんだろうか。

 大作RPGに空飛ぶ船みたいなのが出てくると、興奮する。

 遠未来ディストピアのプログラムが魔法みたいだと、盛り上がる。

 なんだろう、昔から「科学と魔法が交わる世界」みたいなのが好きだった。


『設定を盛るのはいいんですけどね、狂言寺ヨハン先生』

「あ、やめて……朝からこれ以上は、それとペンネームを読み上げるのは」

『残念ですけど、現時点ではまだ"設定のための設定"ばかりで、物語に貢献している要素がほとんど見当たらないですね』


 うっ、わかる……でも、徹夜明けのテンションが傑作を予感させたんだよね。

 そんな僕に、にこやかな笑みを交えて木崎さんは言い放った。


『いいですか? どれくらいありえない設定ばかりかというと……! つーか、それで気付かないのがありえない! なんなのあの男、もーっ! 私の高校生活返せーっ!』


 な、何の話だっけ?

 なんだか、木崎さんの闇を垣間見たかもしれない。

 けど、その後は手短に今後を確認して、通話を終えた。あとから言ったか言わないかの騒ぎにならないよう、メール等で文章としてやりとりを残すのも大事だ。それに、メールのやり取りで文章を起こしている時に、気付きやひらめきだって生まれることがある。

 僕は帰宅後に改めて見直すことにした。

 少し時間を置くと、客観的な視点が生まれるものである。

 そんな時、アパートのインターホンが鳴った。

 そして、返事も待たずに勝手にドアが開かれる。


「おはよ、隆良! ……って、なに? 酷い顔」


 長い赤毛をツインテールに結った少女が、僕を見るなり目を丸くして、そして笑った。


「そ、そんなに酷いかな、壱夜いよ

「はっきし言って、サイテー? また徹夜したんだ」

「ノリにノッてしまったんだよ……」

「ふーん。ま、元気出してよね。ほら、学校行くぞっ?」


 信じられないかもしれないが、赤子の頃からの幼馴染である。このアパートの大家の娘で、一人暮らしをしている僕になにかと甲斐甲斐しくて小うるさい。

 毎日そうであるように、今日も起こしに来てくれた訳だ。

 あり得ない設定とは……一瞬、哲学者の気持ちになってしまう。


「ん、どしたの? アタシの顔になにかついてる?」

「い、いや、なんでもない。行こうか、遅刻しちまう」

「うんっ! あ、はいこれ。今日のお弁当。ちょっと唐揚からあげとか入れてみたんだけど」

「僕の大好物じゃないか。おばさんの唐揚げ、美味おいしいよなあ」

「……アタシの手作りだし」

「うん?」

「べっ、別に! ほらっ、行くわよっ!」


 そう、千夜壱夜せんやいよはツンデレな幼馴染だ。

 でも、超能力は使えないし、魔法少女になったりもしない。どこにでもいる、ちょっとかわいいだけの女の子である。

 うーん、リアルな設定って難しい。

 僕は彼女との日々がデフォルトなまま育ったので、よくわからないのだった。

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