かみさまなんてことを ~街での彼女たち(旧作)

あんぜ

第1話 アリアの一日

 あたしの名はアリア。17才。王都の冒険者ギルドで冒険者として生計を立てている。


 タレントは剣士と聖騎士のデュアルタレント。


 タレントというのは神様が与えてくれる祝福で、幼いころに大賢者様が顕現させてくれる。あたしの場合は剣士。そして二つ目の聖騎士のタレントは地母神様に後から頂いた。結婚と共にお返しする約束になっている。


 剣士はパーティの矛となる祝福。そして聖騎士は無敵の盾となる祝福。最初は孤児院の皆を守るため。そして今ではあたしの恋人をこの世界から離さないために祝福を振るっている。



 ◇◇◇◇◇



 朝はいつも少し早めに起きる。


 アパートメントの共有スペースにしているキッチンやリビングはどこも掃除され、ピカピカに磨き上げられている。朝、あたしよりも早く、日も登らない暗いうちからヘイゼルが掃除してくれているから。



 ――ヘイゼルは昔の知り合いの娘さんで、つい最近、悪い貴族の元から助けられた。あたしの一つ上。今は下の階に部屋を借りていて、日課だったからと毎日早い時間から朝食の準備までしてくれている。彼女はそのままルシャをエスコートして孤児院まで向かい、ギルドで自己鍛錬を行っている。タレントは剣士。あたしもよく手合わせする。


 ――ルシャは孤児院で引き取られていた女の子。二つ下で成人したばかり。タレントは弓士と聖女のデュアルタレント。あたしと同じく小さい頃に弓士を、地母神様からは聖女の祝福を頂いた。結婚と共に神様に聖女の祝福をお返しするのも同じ。でも彼女は聖女になる前から聖女然とした、心の優しい女の子だった。あまりに自己犠牲的、しかも病弱だったので、聖女の祝福を受ける前はいろいろと心配だったくらい。



 朝食を装い、ティーポットとカップを準備し、恋人を起こしに行く。今朝はリーメがベッドに潜り込んだのを見つかっていたから、二度寝して眠そう。



 ――リーメ、本名リメメルンも孤児院で引き取られていた女の子。三つ下でまだ成人していないけれど、孤児院を抜け出してきた。彼女のタレントはちょっと変わっていて、魔術師と召喚士のデュアルタレントなんだけれど、猫人とか犬人とかになっちゃう。よくわからないけれど、召喚士というのは珍しいタレント。



 あたしの恋人が起きてきた。魔法のポットでお湯を注ぐ。大賢者様から頂いたもので、お城で使っている魔法のポットと同じ高価なもの。ポットを温めてからお茶を淹れて、あたしの宝物の砂時計をひっくり返す。


 香りの良いおいしいお茶ができる。


 以前は、この辺りのお茶は苦いものだとばかり思っていた。何のことはなく、お喋りしていて時間が経ち過ぎていただけの初歩的なミスだったのだけれど、彼に指摘されるまで気にもしていなかった。砂時計はその彼からの贈り物。



 ◇◇◇◇◇



 恋人と手を繋いでギルドに向かう。エスコートではなく。この辺りでは珍しい習慣になる。あたしはこの対等な関係を気に入っている。ただ、指を絡めて手を繋ぐと、彼は煽情的だと揶揄うので、最近はまた普通に手を繋ぐようにしている。


 ギルドでは受付の子に声をかけてから、たくさんの書板の掛けられた掲示板を確認する。恋人がここの文字を覚えるための日課だったけれど、今では習慣になってしまっている。あたしの恋人はこの世界の人間ではない。召喚者と言う他の世界から来た人々。帰ることを選ばず、あたしたちのためにここに留まってくれた。


 ヘイゼルはすでに訓練場でひと汗流していた。あたしたちの祝福は剣士。でも、実は身近にもっとすごい祝福持ちが居る――。


 ――キリカデールことキリカ。あたしの二つ下で彼女も成人したばかり。祝福は盗賊と剣聖のデュアルタレントで、剣聖はとてもあたしたちが敵う祝福ではない。近接戦では敵なしな上に、木刀同士でも敵わない技術がキリカにはあった。


 しかし、訓練場の冒険者たちの間ではそんなキリカをあたしの恋人が倒したという噂がある。ありえない。確かに彼の身体能力は異常に高い。あたしの体を鎧ごと持ち上げたり、片手にそれぞれあたしとルシャを抱えて軽々と持ち上げる。あの細腕で。この間なんか……いや、やっぱりその話はなし。


 キリカにどうやって勝ったのか、気になって訓練場の冒険者たちに聞くも、なぜか皆、一様に話をごまかして教えてくれない。キリカの足を取って勝ったと漏らした冒険者は居た。あたしの恋人は剣術に使えるようなタレントは持っていない。彼もごまかしているが、一度詳しく聞いてみないと。



 ◇◇◇◇◇



 遠征から帰ってきたばかりなので今日はのんびり過ごす。まずは孤児院。遠征帰りで収入があったから、恋人と一緒に市場で買い物をしてから立ち寄る。


 孤児院ではルシャが朝のお務めを終えて子供たちと庭の手入れをしていた。孤児院の庭は建物が密集している街中にしてはかなり広いため、森の中でしか採れない薬草の栽培をしていた。最初は苦労したけれど、工夫を重ねた結果、森の怪物から手に入る魔石を埋めることで栽培に成功した。小さい魔石なら、そのまま売るよりも薬草を育てた方が価値が高い。


 孤児院のミシカとヨウカは森に出かけるらしい。彼女らは未成年なので心配はある。でも、お互いのタレントの相性が良いため、危険に出くわしても難なく対処できる。ゴブリンに出くわすことが多いそうで、よく返り血に塗れて帰ってきている。魔石を取り出すのが苦手なのだそうだ。ミシカは聖堂騎士のタレント、ヨウカは戦士のタレントを持っている。


 ルシャの朝のお務めで聖餐が神様から齎される。神様からの聖餐はパンと水のみで彩に欠けるため食材を買い込んできた。あたしの恋人は料理に詳しい。正確には彼がと自ら呼んでいる彼のタレントに依るものだけれど、彼は自分の知識じゃないからと、わざわざ他人のように呼んでいる。


 あたしたちの感覚からするとすごく変。



 ◇◇◇◇◇



 家に帰るとアオさんとハルさんが来ていた。彼女らも下の階で一時期部屋を借りていたのをそのままにしていて、ときどきやってきては寝泊まりしている。普段はお城で生活している。彼女らは異世界から来た勇者様だから。



 ――アオさんは異世界でもともと剣技を習っていたらしく、こちらで勇者の祝福を得てからさらに腕を上げたらしい。反りのある美しい剣を使い、太刀筋の上に見えない太刀筋を重ねる変わった力を使う。特に、振るった剣に時間差で振るわれる斬撃――彼女は据え刃と呼んでいる――は迂闊に踏み込めず恐ろしい。他にも風の斬撃という魔法じみた力を使う。


 ――ハルさんは異世界でのあたしの恋人の友人だったみたい。彼は物腰が柔らかく、誰に対しても優しく、真摯。よく、あたしの恋人が彼に嫉妬していじけたことを言うので、頬を抓ってあげている。


 ――ハルさんは魔法が得意で、中でもパーティを強化する魔法は、仲間が彼との信頼が高いほど、そして大勢いるほど力が大きく強まるらしい。彼こそハーレムの主に向いているなんて、あたしの恋人が言うのでまた頬を抓っておく。女の子を魅了する力も持ってるのに使わない誠実さを持ってるし、何より彼にはアオさんという恋人が居る。



 アオさんたちは、あたしの恋人に復帰祝いだと言って厚手の毛織物を送ってくれた。本当はお詫びのつもりらしかったけれど、彼がそういうものを望まないからと、お祝いということにしたそうだ。私たちのところでは石壁に飾るような大きな織物だけれど、これはさらに大きい。いったい幾らしたのだろう。見当もつかない。


 彼はベッドを動かして床を綺麗にし、織物を広く敷いた。アオさんたちの部屋と同じ、靴を脱いで寛ぐ部屋にしたいとの彼の希望だった。彼らの故郷では靴を脱いでくつろぐ習慣があるという。あたしたちには人前で靴を脱ぐのはとても恥ずかしいことで、素足なんて恋人の前でもちょっと恥ずかしいくらいが普通。


 あたしも恥ずかしくはあった。でも二人の部屋だから気にしないことにした。お城と違って床が温かくないから座るにはクッションが必要だけど、靴も部屋履きも脱いで過ごすのはそれほど悪くない。


 ルシャも最初は戸惑っていたけれど、普段からアオさんの部屋に出入りしているためかすぐに気にしなくなって、やがてあたしたちの部屋で座って過ごしたり、家の中でも簡素な部屋履きでうろうろするようになった。あたしの恋人やアオさんがルシャをかわいいと言って笑うのも、なんとなくわかってしまった。



 ◇◇◇◇◇



 恋人とハルさんがバスルームで何か相談している。昔、魔鉱がふんだんにあったころ、街中のアパートメントにもお湯が出る仕組みが作られていたそうだ。ただ、そのほとんどが魔鉱の不足により機能を失ってしまっている。ここもそのひとつらしい。お城にはお湯が勢いよく出るシャワーもあるので、そういうものができないか相談しているみたい。


 お湯を沸かすこと自体はリーメに頼めば難しくなくなったけれど、この辺りは水道橋からの水を使うため、上の階ということもあって水の出はそれほどよくない。井戸まで汲みに行くことを考えたら楽ではあるのだけれど、シャワーのようなものは難しいだろう。



 ◇◇◇◇◇



 夜、湯浴みをして部屋に戻る。裸足で毛織物の上を歩くと不思議な感じ。なんかちょっとくすぐったくて笑ってしまう。前に冒険に出ていた時、泉の傍で足を洗ったあと、匍匐性のミントの絨毯の上を歩いたときの感触を思い出す。あの時もあたしの恋人が最初に始めて、そして勧めてくれた。彼はいつも新しい体験を齎してくれる。


 彼はあたしの足の指を見てにやにやしている。なんかちょっと恥ずかしいので足を引っこめると、かわいいから観てただけと言った。


 足に爪紅とかはどうなのかと彼は聞いてくる。魔法の染色があるから爪に紅を差すのは簡単だけど、あたしは剣に集中したいから手の爪には紅を差していない。でも、ちょっと興味はあったので、勧めてくれたようにリーメに頼んで足の爪に紅を差してみる。彼もかわいいと言ってくれるし、自分でもちょっとかわいいなんて思ってしまった。


 そんなことをキリカに話したら――娼婦みたいじゃない? ――なんて言うもんだから、半日くらい口を利いてあげなかった。夜に彼女が謝ってきたので、部屋で足を見せてあげると、存外、彼女も興味を持ってしまい、リーメにお願いすることになってしまった。



 ◇◇◇◇◇



 こんな感じで過ごすのがあたしの街での一日。

 ――夜に部屋に戻ったあとが抜けている?

 恋人との夜のことを他人に話すほど、あたしは不義理ではない。


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