ご令嬢で学園の高嶺の花が同じマンションに引っ越してきた件について〜気づかぬうちに手のひらで転がされるようになっていた〜

かずロー

第一章

第1話 隣人になったのは学園の高嶺の花

 私立桜ノ宮学園。

 偏差値は七十を超え国内の有名大学はもちろん、海外の大学にも多くの現役合格者を輩出している小中高一貫の超名門校。


 政治家の息子や社長令嬢などの生徒がこの学園には多く在籍している。もちろん一般家庭で育った生徒も在籍しているのだが割合で言えば九:一と言ったところだろう。


 桜ノ宮学園に入学した者は将来安泰と言われるほどで、卒業生は皆政治家、経営者、科学者等様々な分野で活躍している。先駆者たちの姿に憧れて桜ノ宮学園の門を叩いた生徒たちは日々の勉学に精を出していた。


 一条祐馬(いちじょうゆうま)も桜ノ宮学園に通う生徒の一人。祐馬は今、クラスメイトで唯一無二の親友である鎌ヶ谷蓮司(かまがやれんじ)と話しながら廊下を歩いていた。


「そういや昨日から始まったガチャ引いた?新キャラのやつ」

「まだ引いてない。蓮司は?」

「見事なまでの爆死」

「ドンマイ」


 焦茶がかった髪色に整った顔立ちにお調子者で誰とでもすぐ打ち解け合える性格の持ち主だ。もっとクラスの中心にいそうな生徒との絡んでそうな雰囲気がある蓮司だが、祐馬とは馬が合うのか基本は祐馬と共に行動している。

 

「キャラデザもボイスもマジで好きだから当てたいんだよな」

「声当ててるのってあれだろ。今超注目されてる若手声優さんだろ」

「そそ。声聞いてめっちゃファンになったからどうしても欲しいんだよ」

「そんなに焦るなって。まだ始まったばかりなんだから」


 分かりやすく肩を落とし頭を抱えながら落ち込んだ様子を見せた蓮司に、祐馬は肩を叩きながら慰めの言葉をかける。


 授業が始まるまでの朝の時間は蓮司とこうしてゲームの話で時間を潰しているのだ。


 すると何やら廊下が騒がしくなる。廊下を歩く生徒たちは足を止めて一斉にある方向に視線を注ぐと同時に感嘆の声を漏らした。

 それに釣られるように祐馬と蓮司も目を向けた先にはこちらに向かって歩いてくる一人の少女がいた。

 

 名前は雨宮麻里花(あめみやまりか)

 身長は百六十センチほど。綺麗な黒髪は背中にかかるくらいに伸ばしている。幼さを感じさせる彫りの浅い顔立ちは可愛らしく柔らかな印象。真っ直ぐ通った鼻梁に理知的と思わせる水色に輝く双眸。雪のように純白で透き通った肌は思わず目を引いてしまうほどに美しい。

 華奢な身体だが主張するところはされていて、スラリと伸びた足は見事な曲線美を描き、正に清楚系美少女をその身に体現している生徒だ。

 男子だけではなく女子からも羨望の眼差しを向けられている。


 麻里花は容姿端麗だけではなく成績も優秀で、桜ノ宮学園に唯一特待生枠で入学し、これまでの定期考査は初等部からの在学生たちを抑えて全て一位。スポーツ万能な上に総資産6000億の雨宮コーポレーションのご令嬢でもある。


 性格も温厚篤実で多くの生徒や先生からも信頼されている。そのため生徒会からの誘いもあると耳にしたことがある。


「見て。雨宮さんよ」

「今日も変わらずお美しいわ」

「それでいてお人形のように可愛らしくて愛嬌もあって本当に尊敬しちゃいます」


 同級生はうっとりしたような声で呟く。中には麻里花の姿を見たいがためにわざわざ一年生の教室まで足を運ぶ生徒までいるほどで、学園のマドンナと呼ばれている。


「おーおー相変わらずすげー人気。天は二物を与えずって言うけど二物どころか三つも四つも持っちゃってる人がいるんだよな。俺たちと同じ外部生なのになんでこんなにも差ができちゃったのかね」


 祐馬も高校受験で桜ノ宮学園に入学した外部生なので麻里花と同じなわけだが、今となっては立場がまるで違う。


「そういや知ってるか?雨宮さんが見せるあの笑顔。一部の生徒の中じゃ天使の微笑みって言ってるらしいぜ」

「は?なんで天使?」

「知らね。天使みたいに可愛いからじゃね」

「ふーん」


 実際、男女問わず麻里花の微笑みを見た生徒は友達と嬉しげに言葉を交わしている。


「なぁ!今の笑顔は俺を見てだよな!」

「何言ってんだお前!俺に決まってんだろ!」

「残念だったな。本当は俺なんだよ」

「お前ら何夢を語ってんだよ。俺だっての」


 男子に至っては麻里花の微笑みは誰に向けられたものなのか言い争いをしているほどで、近くの生徒からは引いたような視線を向けられているが熱く口論をしている彼らには届いていない。


「ハハッ。すげー盛り上がってる」

「当の本人はそんなつもりなんてこれっぽっちもないんだろうな」


 麻里花から零れる笑みが彼らにとっては大騒ぎするだけの価値があるものなのだろう。

 麻里花は周りから向けられる視線や騒がしい声を意に介することなく歩いていて、時折り挨拶に穏やかな笑みを返していた。


「あっ。聖奈がいる。ちょっと行ってくるわ」

「ん」


 まるで背中に羽が生えたような軽やかな足取りで蓮司は頬を緩ませながら走っていった。 


 蓮司が言った聖奈という少女は、倉浜聖奈と言って蓮司の彼女だ。付き合ってもう半年以上経過していて、見ていて微笑ましいカップルだ。


 一人になった祐馬は廊下の壁にもたれかかると、皆の注目の的になっている麻里花に目がいった。

 麻里花は皆の目を惹くほどの美貌の持ち主だが、毎日あれだけの注目を浴びるのも大変だろう。あれはあれで気が休まらないだろうなと思いながら見つめていた。


 歩いている麻里花と祐馬との距離が徐々に縮まると、祐馬は窓の景色に目を移した。

 チラッと麻里花の視線が祐馬に向けられる。水色の瞳を僅かに細めて数秒ほど見つめると、麻里花は再び前を向き廊下を歩いていった。


 麻里花が行ったことを確認した祐馬は聖奈に会いに行った蓮司を置いて先に教室へと戻る。


 (見られてたな。多分悪い意味でなんだろうけど)


 嘆息を漏らしながら祐馬はそんなことを思っていた。


 仮に麻里花と同じクラスになったとしても接することもない。

 平凡で冴えない男子生徒と令嬢で高嶺の花の女子生徒。言葉を交わすこともなくただ同じ学び舎で学んだただの同級生で終わるのだと祐馬はそう思っていた。


 ほんの数日前。雨宮麻里花が引っ越してくる、その時までは。

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