サイカイ〜君と再び会うことができたら〜
霧雨カノン
1
人は生きている間にどれほどの人と出会うのであろう。それは誰にも分からない。また、その出会いが良いものか、悪いものかも。出会う人によるものなのか、はたまた自分自身によるものか、いつかその答えは出るのだろうか。
僕は走っていた。気がついたら走っていたのだ。そんなこと普通のやつは信じないだろう。だが、実際に僕は走っていた。どこへ向かうともなく。
「おい!ちょっと待てって!お前、尚だろ?」
後ろから疑問混じりの男の声が聞こえてくる。確かに僕の名前は高梨尚だ。だが、声を張り上げて後ろから追ってきている男のことは全く知らない。本当に知らないんだ。
「確かに僕は尚だよ。でも君のことは知らない!なんでついてくんだよ?」
「俺はお前のことを知っている。いや、覚えているんだ。」
その男は急に立ち止まってそう答えた。それを聞いて僕も立ち止まった。もしかしたら小学校や幼稚園の時の同級生ではないかと思ったからだ。そういうことならば失礼なのは僕の方だ。僕が覚えていないばかりに相手に失礼な態度をとってしまった事になる。僕は後ろを向き直り、男の顔を見つめた。いや、知らない。見たことがない男の顔である。
「ええと‥。僕とどこかであったかな?ちょっと覚えていないんだけど‥」
僕は正直に伝えた。こんなこと誤魔化してもしょうがない。この後謝れば良いだけだ。もしかしたら相手の名前を聞けば思い出すかもしれないなと思った。
「実は、俺もお前の名前すら知らない。会ったこともないはずだ。だけど、そこの角ですれ違った時に、なぜだが分からないが、引き止めないといけないと思ったんだ。そうしないと二度と会えないような気がして‥。」
そんなこんなで僕と不思議な男、辻村優(ツジムラ ユウ)は近くの喫茶店に入り机を挟んで向き合っていた。
「急にすまないね。わざわざ、店に入ってまで。」
辻村は申し訳なさそうに言った。だが、あのまま路上で名前も顔も知らない男2人がいたらまずいのではないかと不安になった俺が半ば無理矢理に誘ったのだった。
「いや、僕の方こそ、なんかすいません。」
「いいや。すいません、コーヒーを1つ。お前は?」
辻村は、近くにきたウエイトレスに流れるように注文した。
「同じものをお願いします。」
コーヒが運ばれてきたところで僕は切り出した。
「君は、僕のことを知らないと言ったよね。それなのにどうして追いかけてまで僕と話そうとしたの?」
辻村はコーヒーを啜っている。コーヒーを飲み下した辻村が答える。
「だから言った通り俺はお前の名前すら知らない。俺の記憶ではお前の顔すら見たことない。」
さっき聞いた台詞だよな。
「辻村さんのご出身は?」
辻村は僕の言い方が面白かったようでコーヒーをむせそうになりながらナプキンで口元を急いで覆った。
「ごめん、ごめん。お前の言い方が面白かったから。俺は生まれも育ちも東京。あと、その辻村さんっていう言い方はやめてくれ。優と呼んでいい。」
初対面で下の名前を呼び捨てかよ。
「分かった。それじゃあ優、君のことを教えてよ。」
「良いぞ。俺は、辻村優。通黎大三年商学部。一人暮らしで、現在彼女なし。こんな感じでいいか?」
タメかよ。てっきり僕より年上かと思っていたが‥。僕も自己紹介した方がいいかな。
「僕は高梨尚。」
「知ってる。」
僕の言葉に被せながら辻村が答える。僕は少しムッとしながら続きを話すことにする。
「普明大三年、理学部。実家暮らしで、彼女はいない。サークルにも入っていない。」
「サークルに入っていないのか?バイトは?」
「短期でちょこちょこしてるけど、続けているのはないね。」
「趣味は?」
だんだん面接っぽくなってきたな。僕の方も少し面白くなってきたので付き合ってやることにした。
「趣味は読書と映画鑑賞。あと写真。」
「写真?」
辻村が少々興味が引かれたように体をまっすぐに向き直した。
「そう、写真。結構前からやってて。コンクールとかには応募したことなくて完全に趣味だけど。」
辻村は少し考え込んでいるようだったがすぐに元の調子に戻った。
「割と暗いやつなのな、お前って。」
「そのお前ってのはやめてよ。苗字、せめて名前で呼んで。お前って初めて会った人から言われたらなんかムカつく。」
こいつ初対面のくせに失礼なやつだな。僕はムッとしながら少し棘のある言葉をぶつけた。
「ごめん。なんか、初めて会ったとは思えなくてさ。昔からの幼馴染みたいなノリで話してた。これからは気をつける。ところで話変わるけど、ホントに俺のこと知らない?」
「知らないよ。同級生とかでもないんだよね?」
「違うと思う。同じ東京出身だけど、学校は違うみたいだし。本当にどうして知り合いだと思ったんだろうな。」
「分からないよ。僕も。」
それからお互いのことについて語り合った。不思議なことに本当に昔からの知り合いだったのではないかと思えてくるほどに話が途切れることがなかった。お互い共通の話題なんでかなり少なかったのに。喫茶店に入った時は昼過ぎだったのにもう店内の掛け時計は六時を指している。もっと話していたかったが、辻村が七時からバイトだというので連絡先を交換して別れることにした。
「尚。またな。連絡するよ。」
「うん。また今度ね。」
また彼と会いたいなと僕は思った。今まで当たり障りのない友達が幾人かいたけれど、親友と呼べる人物がいなかった僕にとって辻村は初めて出会った人種だった。彼なら親友になれるかもしれない、僕は少し心が弾んだような気がした。六時過ぎとはいえ六月の夕方は明るく、夕日がアスファルトの路面をキラキラと照らしていた。
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