第37話 自覚
3年生の騎馬戦が終わり、選抜リレーに出るメンバーが一か所に召集された。先程まで話していた長嶺と共に召集場所へ行くと、バッタリ恭也と出くわした。
「まさか、長嶺さんも走るなんてね」
「そうなんだよ、雪本さんの代わりにね」
長嶺が岩永の代役に心当たりがありそうではあったが、それが恭也だったとは。運動があまり得意ではなかったはずだが、よく引き受けたな。
まあそれでも全員リレーでの走りを見れば納得か。鶴井が練習に付き合っていたとは聞いていたが、ここまでの結果になるとは。
いや、いくらなんでも早すぎる。練習期間が短かったはずなのに、普通ここまで速くなるものなのか。この上達速度の速さは元々運動が得意だったとしか思えない。だが、恭也は当時から運動していた覚えはない。自分で得意じゃないって言っていたぐらいだからな。
「それで走る順番はどうなってるの?」
代役で来た恭也が走順について尋ねるが、俺自身そこんところはどうなるのだろうと思っている。メンバーが2人も変わったことに加えて、絶対に1位を取らないといけないと来た。
そろそろ1年生の選抜リレーが始まってしまう。走順の締切はもうすぐだ。このまま決められなければその時点で失格となる。
「長嶺や内海が加わったことだ。バトンパスの練習も出来てないし、そこ4人で後半を走ってくれ」
それまで走順をどうするかと言い合っていたが、折原の一言でその場がまとまった。
「急に走ることになった僕が言うのもなんだけど、それでいいの? 1位に拘るのなら走順って大事なんじゃ?」
「いや別に拘ってないぞ」
「え?」
「俺自身は楽しめればいいと思ってる。確かに優勝できれば嬉しいが、負けたときに責任を感じてほしくはない」
長嶺との契約で俺は1位を取らないといけないという状況に置かれてはいるが、他の人からすれば俺達ほど1位には拘っていないだろうな。
「ただ、優勝に貢献できたと感じたら嬉しいだろうな。だから、別に走順は適当に決めたわけでもない。内海も長嶺も楠本や鶴井さんとは仲が良いだろ? だから離すよりもくっつけた方が良いと思っただけさ」
バトンパスの練習が出来てはいないからこそ、仲の良いペアでの息の合ったパスを期待しているのだろう。いつもであればそれで良かったかもしれないが、今の俺たちは息が合っているかといえば合っていない。
「分かった、やってみるよ」
ただ恭也はそれを問題と考えていないようだ。というより、それしかないと思っているのかもしれない。
「じゃあ、こってでも順番を決めておくから、そっちでも順番を決めてくれ」
選抜リレーは1人200m走る。走順は男女交互であり、第一走者は女子、アンカーは男子となっている。後半を任されている時点で、アンカーになるのは俺だろうな。恭也がやりたがるとは思えないし。
「あたし、内海くん、沙織ちゃん、楠本くんの順番で良いんじゃないかな?」
まあ妥当だろうな。長嶺の意見に誰も反対しなかった。元々俺と鶴井の順番はその通りであったし、長嶺と恭也はまぁ息が合うだろう。問題は恭也から鶴井へのパスだが……
「さきほど練習した成果を見せることができますね」
「そうだね、ちょっとしかできなかったけどそれでもだいぶ良くなったと思う」
どうやら問題はなさそうだ。あとは恭也と長嶺がどこまで他クラスの生徒と差が出ないかそれだけだろう。
こちらの話がまとまりかけた頃、折原たちのグループが戻ってきたことで、走順が共有された。
結局、最初から最後まで恭也と話すことは一度もなかった。
*
2年生の選抜リレーが始まった。体育祭に向けて練習をしていたことで、前半はとてもスムーズにバトンパスも行われた。
第四走者が走っている時点での順位は、D、C、E、G、F、A、B、Hで現在3位。総合優勝するためにもC組とD組を抜かして1位になる必要がある。
順位が変わらないまま、長嶺へとバトンが渡った。選抜の候補からは漏れたとは思えないほどの速さで走ってはいるが、それでも2位のC組との差は変わらない。
次に走る恭也はその様子を見ながら体を伸ばしていた。スタート位置が全員一緒であるのに、未だに恭也とは話せていない。俺が空気を悪くしてしまったという自覚はあるが、それをどう恭也に謝ればいいか分からなかったからだ。
恭也が走る前にせめて一言声を掛けたいと思っていたが、口から言葉が出なくいた。そうこうしている間に長嶺が残り100mを切ったところで、恭也はコースの中へとスタンバイしに行った。
つまらない意地。恭也とミナが一緒にいることに何となくムカついてしまった。お前は鶴井が好きだったじゃないのか? それなのに何でミナと一緒にいた?
「久志」
突然、恭也に名前を呼ばれる。恭也の方を見れば、笑っていた。そして、
「悪かったな。あとは頼む」
そう言い残して、恭也は長嶺からバトンを受け取り、走っていった。
なんでお前が謝るんだよ。どう考えたって俺がつまらない意地を張っていただけなのに。アイツの考えていることが俺には分からない。
それになんでそこまで頑張れるんだ。お前は走るのが苦手だっただろ? 誰のために走っているんだよ。
長い付き合いだからこそ分かる。あの顔は自分のためじゃない。誰かのために頑張っている。
「内海さん、楠本さんにリベンジをしてもらうんだって張り切っていたんですよ」
「恭也が?」
「はい、彼はいつもあなたのことを考えていました。今回体育祭で頑張っているのももしかしたらあなたのためなのかもしれませんね」
俺は無理やりアイツをこの時代に連れてきた。連れてきた本当の理由は隠して。なのにアイツは俺の言葉を信じて勉強を教えてくれた。俺が良い大学へ行けるように。
それなのに俺はアイツに何かしてやれたか? 甘えてばかりだったんじゃないのか。今回のタイムリープだけじゃない。前回の高校生活でも俺はアイツに助けられ続けていた。
「俺はアイツがどうして勝ちたいのか分からない。だけど、俺はアイツがこの体育祭で勝ちたいっていうのなら勝たせてやらなきゃいけない」
それが恭也への礼になるかは分からないが、今俺にできることはそれしかない。
「そうですね。内海さんは頑張っています。ほら、今C組を抜かしました」
恭也はじわじわとD組との差を縮めてきている。もしこの後走る鶴井がD組を抜かしてくれれば勝機はある。
「沙織ちゃん、5m差をつけてあげて。そうすれば勝てるみたいだから」
息を切らしていた長嶺がようやく呼吸が整ったようでこちらへと寄ってきた。
「なるほど5mですね。やってみます」
これほど心強い味方は他にいるだろうか。彼女なら本当にやってくれるそう思えてしまう。
「凄いよ、内海くん! 今2位だよ」
長嶺は走り終えた恭也へ労いの言葉を掛けるために駆け寄った。俺もその後をついていくことにした。
「どう久志? 僕も頑張れはこれぐらいできるんだから」
まったく無理をしやがって。いくら体育祭に向けて走りこんだとはいえ、何年も運動していなかったんだ。体はもう限界のようだ。1人ではもう立つことができないようで長嶺に支えてもらっている。
俺は身体をコースの方へ向けた。恭也たちに俺の顔が見えないように。
「悪かったな、お前におかしなこと言っちゃって。反省してる。だからその証明として1位奪ってくるわ」
俺の言葉を聞いて恭也が何を言ったのかは分からない。もう余計な感情は入れたくなかったから。
俺はスタート地点に立ち、鶴井からバトンを貰う。ピッタリ5mのハンデを貰って。
そして俺は走り出した―――
*
閉会式、全校生徒が集められ列を揃えて綺麗に並ぶ。これから成績発表が行われる。とは言っても先程のリレーの結果で順位はすでに分かっている。
『2年生の部、優勝は白組です』
周りから歓喜の声が上がった。結果は分かっていたとはいえ、こうして発表されると嬉しいという気持ちが凄く湧いてくるようだ。
ちなみに結果はというと、
1位 EF組(白組) 376点
2位 CD組(青組) 375点
3位 GH組(緑組) 332点
4位 AB組(赤組) 260点
という、1点差で優勝を掴み取った。
選抜リレーでの順位がE、D、F、C、G、H、A、Bであり、E組が1位を獲るだけでなく、F組も3位を獲ったことで得られた優勝だ。
校長先生の挨拶も終わり、自由解散となった。体育祭が終わったことで写真撮影をしている生徒たちもいる中、俺は恭也を探していた。
「どこにいったんだ、アイツ」
リレーが終わった後、すぐに恭也はどっか行ってしまったし、話したいことがあったのに話せずにいた。
キョロキョロと当たりを見回していくうちに、校舎裏まで来てしまった。
「さすがにここにはいないだろう」
そう思いつつも先へ進むと、恭也の姿があった。俺は嬉しくなり
「恭也―――」
と声を掛けようとしたが、すぐに気配を消した。なぜなら恭也の側にミナの姿もあったからだ。
こんなところで2人して何をしてるんだ。そっと様子を見てみると何かを話しているのか? 俺の姿が見えないようギリギリまで近寄り、耳を澄ませた。
辞めておけばよかった。聞かなければ傷付かなかったかもしれないのに。
「私と付き合ってください―――」
そう恭也に向かって叫ぶ、ミナの姿があった。
その姿を見て気づいてしまった。俺はまだミナのことが好きで諦めきれていなかったこと。恭也におかしな態度をとってしまったのはただ嫉妬してただけなんだと。
なんだ、俺って馬鹿なんだな。こんな気持ちになるくらいなら、あの時逃げなければ良かった……。
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