第19話 もう1組の異端者たち

「ほんと、あたし見ててヒヤヒヤしちゃった」


 言葉ではそう言っているものの、結ちゃんの顔は笑っていた。ほんとに何が楽しいんだか。


「しょうがないでしょ。ついイラっとしてしまったのだから」

「だからって、あんなに堂々とケンカ吹っ掛けに行ったら驚いちゃうでしょ」

「何度もいうようだけど、ケンカ吹っ掛けたわけじゃないって」


 私、鶴井沙織は今日の内海くんとの出来事についての釈明を行っていた。どうして内海くんにあのような態度を取ってしまったのか、結ちゃんに聞かれたから。


「そんなにイラっとしたの?」

「だって、本来であれば数学の学年一位は私じゃなくて、内海くんだったのよ。それが今回、90点って手を抜いたとしか思えないじゃない」

「そうかな? ケアレスミスで10点落としたのかもしれないかったんじゃないの?」

「今思えばそうだったかもって反省はしているわ」


 この学校に来ているのにテストで手を抜くような人はいないはず。手を抜けばこの学校の特典を受けれなくなるから。だけど、前回と違って内海くんの順位は異なった。そのことを知った私は、気づいたら内海くんの目の前にいた。


「ちゃんと謝った方がいいんじゃないの?」

「ううん、謝らない」


 だって私悪くないもん。内海くんが100点を取らなかったのが悪いんだもん。


「ほんと、頑固だね。沙織ちゃんは」

「頑固じゃないもん‼」


 結ちゃんは「はいはい」と言って私の不満を軽く流す。長くいるだけあって、私の扱いも慣れてきたみたいな顔までしている。ちょっと悔しい。


「みんな知ったらびっくりだろうな~、学校ではあんなに塩対応な鶴井沙織が、実はもの凄く可愛らしい女の子だって」

「も~すぐにそうやって結ちゃんはくっついてくる。ちょっと暑いから離れて」


 結ちゃんは私をまるで人形を扱っているかのようにギューッと抱き着いてきた。何年経ってもこれだけは治らない。私のことをなんだと思っているのかな。


「え~、だって可愛いんだもん」

「私たちとっくに成人してるんだよ」

「今は高校生だからいいの」


 見た目はそうでも中身は違う。結ちゃんは純粋に高校生を楽しんでいるみたいで少し羨ましさを感じる。


「それにね、別に私は塩対応しているつもりはないし……ただ、めんどくさそうな男子とあまり関わりたくないって思ってるだけだよ」


 私の本性を知っているのは幼馴染を除けば、結ちゃんだけ。普段の学校では完璧超人のような女性を演じている。昔読んだ本に出てきたような感じの。そうすれば近寄ってくる男子は減るかなって思ったけど、自分に酔ってる人たちからの辛みは増えた。今更キャラも変えられないし、こればっかりはしょうがない話だ。


「あまり変なことをしてると、怪しまれちゃうよ? この時期に内海くんのことを知ってるのも本当はおかしなことなんだよ」

「うん、それは分かってるよ。だけど、怪しまれたところで問題ない気もするけどね。私たちがもう一度高校生をやり直しているなんて誰も信じないよ」


 私と結ちゃんは“ミネサヴァ”という機械を使って、タイムリープをした。いつからかっていうと、同窓会のあった次の日。


 同窓会の日、私は結ちゃんにタイムリープをしないかって誘われた。結ちゃんは初め、私を誘うことを躊躇ったみたい。その時代の私は、夕才高校を首席で卒業していたし、成功者みたいなものだったから。


 だけど、私は一緒にすることを選んだ。私自身やり遂げないといけないことがあったから。前回できなかったことを遂行するために。


「今回の件は確かにやりすぎたなって今になってみれば反省してるけど、結ちゃんこそ、自由にやりすぎてるんじゃない?」

「それってどういうこと?」

「積極的に内海くんと関わりにいってるでしょ」


 自分では怪しまれることをするなって言ってる割には、大胆な行動を取り過ぎているような気がする。


「それはせっかく隣の席になったからね。前の世界でも仲良くできてたから、今回は早く遊びたいなって思ったんだよ」

「その隣の席になる方法がやり過ぎって言ってるんだよ。イカサマまでして」

「やっぱりバレてた?」


 結ちゃんは席替えの時、8番の紙を引いた。その後、もう1枚同じ番号の8番が出てきた。それさえ分かればタネは簡単。


「あらかじめ自分で書いた8番の紙を用意してたんでしょ? くじを引いたときに箱に入ってた紙を握って隠して、元々持ってた8番の紙をあたかも今引いたかのように見せた」

「さっすが、沙織ちゃんだね。正解だよ」


 結ちゃんは隠そうともせず、パチパチと拍手をした。


「そこまでして、内海くんと隣の席になりたかったの?」

「そうだよ」

「バレるとか思わなかったの?」


 もし結ちゃんが失敗していたら、もし先生のミスじゃないと疑ったら、イカサマするのにも精神的負担は大きかったはず。というか、まずこんなこと思いついても普通はやらない。


「バレるとかは一切思わなかったかな。ただ、私が引く前に8番が取られないことだけ祈ってたかな。先に引かれてたらどうしようもなかったし」


 結ちゃんにとってこれぐらいのことではプレッシャーを感じないのかもしれない。肝が据わっているというか、私にはまねできない所業だ。


「これで内海くんとの接点作れたし、ラッキーだったよ。席替えの後にタイムリープしてたらこの手は使えなかったしね」

「そしたら諦めてた?」

「ううん、どこかしらで接点は作ってた思うよ。日直、放課後の居残り、図書室とかで関わりは持てただろうから」


 どこまで結ちゃんは計算しているのだろうか。結ちゃんの考えていること、見据えていることがまったく分からない。


「今度は沙織ちゃんの番だね。内海くんと仲良くなれるといいね」


 結ちゃんはそう言って笑った。


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 物語は動き始める―――

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