1章 今頃後悔しても遅かったはずが……

第1話 同窓会にて

 ――― 3週間前


 6月14日、今日は夕才高校の同窓会が開かれる日。


 同窓会と言っても大きな集まりというわけでもなく、2年生の時のクラスメイトたちとただ集まって飲み会をしようという内容のものであった。

 

 その連絡が1ヶ月程前に来ていて、参加は自由ということだったが、僕は参加することを選んだ。それは、かつてのクラスメイト達が現在どういった日々を歩んでいるのか純粋に気になったからだ。


 その日も仕事であった僕は会社を定時に上がり、会場へとなっている店へとそのまま向かった。会社から会場までは電車で2,3駅の距離であったために少し遅れてはしまうものの無事参加できそうだ。


 電車も遅延することなく会場となっている店の最寄り駅に時間通りに到着した。ここから徒歩で向かっていたのだが、その途中、大型の電化製品店の前を通った。


 店の外からも商品である最新型テレビの映像が見えるようになっていた。そこに映し出されていたテレビ番組に思わず目を奪われ、足が自然と止まってしまった。


『今日はゲストの鬼龍瑠依きりゅうるいさんにお越しいただきました』

『こんにちは』

『こちらにいらっしゃる鬼龍さんは未来にモノを送ることができる機械を発明したとのことです』


 内容としては装置に入れた腐りやすい食材を数か月後に向けて転送する。そして転送した場所へ設定した日時に行くと、新鮮な状態で発見できたというもので、未来への転送装置が完成したことを紹介する番組であった。


 その原理についても説明してくれてはいたが、僕には何を言っているのか理解が追い付かなかった。


『今回は未来への転送でしたが、いつか過去へ行くことも可能なのでしょうか?』

『現在のところは難しいとだけ答えておきましょう。それにまだ人間を送ることも難しいでしょうし、あと何十年かかることやら』

『いつの日か、時間旅行ができるようになるかもしれないですね』


 過去へ戻るか……


 そんなことができたのなら、人生をやり直すこともできるのだろうか……


 一瞬、僕の頭には1人の女性の顔が浮かんだ。だけど僕はすぐに頭を横に振って、くだらない妄想を振り払う。


 そんなことができるわけないだろう。もっと現実を見なきゃ。止まっていた足を動かし、僕は同窓会の会場へと再び足を進めた。


      *


 20分ほど遅れて会場に着くと、すでにかつてのクラスメイトたちは大いに盛り上がっていた。けれど、参加者はそう多くはいなかった。来ない人も何人かはいるだろうとは思っていたけど、予想以上だ。


 集まっている顔ぶれを見れば大抵が偏差値の高い大学へと進んだ人たちばかりで、いわゆる底辺大学へ進学した人はほぼ来ていなかった。もちろん、途中で退学していった奴らもだ。


 別にそういった人たちが呼ばれなかったわけではなく、自分から参加を辞退したのだろう。僕ですらこの場にいるのは場違いな気がしてしまっているからな。


「みんな変わらないな」

「卒業して五年も経ってないんだからそんなに変わらないだろ」

「大学では彼女はできたか」

「おかしいよな、何故かできなかったんだよ」


 話している内容は頭が悪そうだが、それでも私大の中でも上位の大学へと進学した人たちだ。何人かに「久しぶり」と声を掛けられたので、軽く返答だけし、僕は奥の席へと目指した。


「こっちだ、こっち!」


 僕は1人の人物、楠本久志くすもとひさしに手招きされ、そちらの方へと歩いていく。


 この男、楠本久志は高校時代からの僕の親友である。行く大学は違ったがそれでも予定を合わせては会う機会が多いほど今でも交友関係は続いている。


「仕事お疲れ様。どうだ仕事の方は?」

「結構大変だよ。入ったばかりなのにかなりの仕事を押し付けられてるから」


 僕は夕才高校の卒業後、平均的な大学へと進学した。その後、就職活動として数多の企業を受け、年収はそこそこある企業に内定をもらうことができた。


「それは大変そうだな……、まあ俺の場合はその段階にも立ってないけどな」


 久志は就職活動に失敗して現在就活浪人している。今はバイトをしながら生計を立てているらしい。


「こんなことなら、もう少し高校で頑張っておけばよかったぜ」


 後悔は先に立たずとはまさにこのことだろう。夕才高校で上位の成績を収めていれば今頃就職で困っていたことにはなっていないだろうに。


「今更後悔しても遅いよ……」

「まぁそうだよな」


 僕の言葉を素直に自分に言われたものだと受け取った久志はがっくりとうなだれた。そんな久志を他所に、僕の視線は違う者に奪われていた。


「それにしても他のやつらもそうだが、特に鶴井さんは凄いよな」


 僕が鶴井を目で追っているのを分かったようで、久志は僕の肩をポンと叩いてきた。久志なりのなぐさめなのだろう。


「夕才高校を首席で卒業して、今では一流企業に就職しているんだもんな。ほんと、住む世界が違うよ」


 夕才高校の首席には多くのメリットがある。そのうちの1つが好きな大学へどこにでも推薦で入学できるということである。それは日本だけにとどまらず他国の大学でも問題はない。


 鶴井は日本の大学を選んだものの、偏差値だけで言えば、日本で1、2位を争うレベルの大学だった。


「今でも鶴井さんのことが好きなのか?」


 お酒の入ったジョッキを片手に久志は聞いてくる。僕が来る前からもだいぶ飲んでいたのであろう。すでにできあがっていた。


「もしかしたら、そうなのかもしれないな……」


 本当のところは分からなかった。実際、大学へ進学してから、告白のようなものはされることはあったものの、すべて断っていた。


 理由は鶴井以上に誰かを好きになったことがないからだ。


 誰かと付き合ったところで、鶴井の顔がちらちら出てきてしまったら申し訳なさすぎる。そんな気持ちからこの年まで誰とも交際をしていない。


 そう思えば、僕はまだ鶴井のことが好きなのかもしれない。


「もう一度告白してみるっていうのはどうだ? 鶴井さん誰かと付き合ってるみたいな話は聞こえてこないし、案外フリーなのかもよ」


「そんなの今さらできるわけないだろ」


 何をバカなことを言っているのだろうか。


 高校生の時ですらすでに鶴井と僕には明確な能力差があった。それが今では更に社会的地位が広がっている。


 高校時代でさえ断られているというのに、今の僕との差を見て、鶴井が僕の告白を受け入れることなどあるはずもない。


 鶴井は高校時代から変わらず多くのクラスメイトの視線を集めていた。中には無謀だと分かりながらも告白するような輩もいる。その無謀さを勝手ながら尊敬してしまう。


「まぁ、とにかく飲もうぜ」


 久志は僕を気遣ったのか、それともただ単に酒を飲みたいだけなのか分からないが、グイグイと進めてくる。ありがたいんだが、僕酒弱いんだよなあ……。

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