第9話

 私、井上いのうえ 静玖しずくは何かと昔から惚れっぽい性格だった。

 そして、可愛いものには目がなかった。


 とどのつまり、私は女の子が好きなのだ。


 高校に入って、まだ一年目の頃。

 私は同族を依り代にした。

 いや、本当に、いきなりでごめんなさい。

 だけど、誰かには私の片想いの馴れ初めを聞いて欲しい。


 私は昔から今まで継続的に、すこぶるコミュニケーション能力が低い女の子だった。

 それはもう、先生でさえ見放してしまうほどに。

 だから、あまり高校生活での友好関係も期待などしていなかった。


 それに私は当時、他クラスとの交流がある体育の時間で見かけた女の子を依り代にしていたから、むしろコミュ障は私だけでは無いと心地良ささえ感じていた。


 その体育の時間だけ一緒になる他クラスの女の子も、私と競えるぐらいには周りに誰も居らず、じっと地面を見つめたまま俯いてばかり、まさに私の性格ドッペルゲンガーだった。


 こんなに寂しい毎日を送っているのは私だけでは無い。

 そう思えば、私は何も怖いものなどなかった。


 彼女の名前は、せめて彼女の名前だけは、覚えておこうと思って、人の名前と顔をよく忘れてしまう私もこの時ばかりは頑張ったものだ。


 その女の子の名前は、




――――神都川みとかわ 舞雪ましろ




 高校一年生の頃の私の絶大なる依り代であり、何を隠そう、今のマシロちゃんである。


 ☪︎ - ̗̀‎𖤐


 高校二年生に進学し、新クラス発表の際。

 私は神都川さんの名前を同じクラスで見つけて、私らしくもなく浮き足立って、やや興奮しながら教室に入った。


 別に私は誰よりも早く学校に来るとか、そういう真面目なタイプの女の子ってわけでも無かったから、もう既に教室には名前も知らない新たなクラスメイトたちが沢山いた。

 幾つかグループも出来上がっていた。


 その中で、私は当然、一人の女の子を探す。


 でも、私が知ってる彼女は何処にもいなかった。


 まだ来ていないのか。

 そんなことを考えて、私は黒板に記されていた自分の席へと座った。


 しばらく教室の出入口を気にしていたけれど、一向に彼女が来る気配が無かったため、私は机に視線を落として、ただひたすらに、一年の時と同じように空気になることに徹していた。


 すると、隣のガヤガヤと賑やかなグループから、焦がれた名前が私の耳に届く。


「マシロちゃまとか、二年生デビューで垢抜けしすぎでしょ!!しかも、なぁにがネット弁慶だよ!リアルでも話してみたら、普通にコミュ力高くてパないんだが!?」

「え、それね。私ら一年の時も同じクラスだったけど、実際トークアプリでしか話したことなかったもんね。リアルでは話しかけんなって言われたし初日に」

「そーそー!!チャットではマジで明るい子なのに、リアルだとザ・陰って感じで」

「ん。それなのに、ちゃっかし私らに相談も無しに彼氏をつくるという」

「あーね!あん時はマジで頭『………』ってなった!しかも相手があの巨漢!!あん時がいっちゃんチャットが盛り上がりましたなぁ」


「ちょっと二人して!わたしのことは良いから!!もっとこれからのことを喋ろうよ!!」


 私は思わず、反射的に左隣りに目をやる。


 そこには、目元を隠してた前髪は綺麗に整えられて、緩くパーマがかけられたセミロングの髪。一年生の時には想像も出来ないような、目尻をクシャリとして、にぱーっと笑顔が太陽みたいな女の子が、頬をうっすらと赤く染めて恥ずかしそうに女子生徒二人と話している光景が広がっていた。


 それは、やっぱり神都川 舞雪さんだった。


 話を聞くかぎり、一年生の時から友達はいた?

 か、彼氏まで??


 私はこの時、謂れの無いモヤっとした感じがした。

 この感覚には経験があった。

 そう、''恋''だ。嫉妬だ。


 私は惚れっぽい性格ではあるが、すぐに冷めやすいし、だから嫉妬なんてものとは無縁だった。


 なんで、彼女の時には嫉妬をしたのか。


 私はこの時には既に理解していた。

 と、言うより、あの時の仲睦まじく友達と会話をする神都川さんに、理解させられた。



 恐らく、彼女は本当に一年生の時はネット弁慶でリアルで誰かと話せるようなコミュニケーション能力は持ち合わせていなかったのだろう。

 よぉく観察していた私ならば、分かることだ。


 そう、であれば、目の前のこの光景は、あの髪に隠されておらずに友達の目を見て笑顔で話す女の子は…………


 きっと、何にも言い難い、それは『』であると、私は妙に納得した。


 私は、この時、確かに彼女の目に見えない努力と信念に触れて、感動し尊敬した。


 私は今まで突発的な恋を何度も経験してきたけれど、この時に初めて気づいたのだ。



―――あぁ、私は今、本物の''恋''をしたのだ。




 ☪︎ - ̗̀‎𖤐



 そんな彼女、マシロちゃんが今、私の前で


「ひゅー、ひゅー、し、しじゅくちゃん」


 顔を蕩けさせて、息を荒らげ、舌を出しながら私を求めている。


 もう一度言おう。

 私は今、本物の''恋''をしているのだ。


 そして、その恋がもうすぐ手に入ろうとしている。

 この子だけは、彼女だけは、そしてこの冷めやらぬ想いだけは、放してやるもんか。逃がしてやるもんか。



「マシロちゃん♡覚悟しててね、絶対に私無しじゃいられなくしてあげるから♡♡」


 今宵をもって、私が彼女に施す調教は、いよいよ本格的に進めようと思う。

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