第3話

 登校したら隣の席の地味子ちゃんが超絶美少女になっていた件。


 わたしは自らを 井上いのうえ 静玖しずく と名乗る美少女に腕を引かれ、渡り廊下を通じて旧校舎の音楽室に連れられた。


 旧校舎、何回か来たことはあるけれど音楽室は初めてだった。

 井上 静玖ちゃんはわたしの背中を軽くポンっと押して先に音楽室に入るよう促し、わたしが入ると後ろ手でニコニコしながら音楽室の扉の鍵を閉めた。


 戸惑う。えっと?どうして鍵を閉めたの?

 まるで、その様子だと、誰にも邪魔はさせない、と言わんばかりで。

 聞かずにはいられなかった。


「えっと、どうしてこんな所に連れてきたの?」

「…………」


 井上 静玖ちゃんは、俯いたまま何も答えてはくれない。若干、気持ちプルプルと小刻みに震えてるようにも見える。

 えっと………?


 このままでは、お互いに黙ったまま、意味の無い時間を過ごすことになってしまう。せっかくホームルームをサボるという初めての大罪を犯したわけだ。せめて有意義な時間にしたい。


 二の句をどう告げるか、迷っていると先に動いてくれたのは井上 静玖ちゃんの方だった。




「キスしていい?」




 ………………。

 ………………………。

 ……………………………。……ん?


 たっぷり数十秒、言葉の意味を理解するのに時間をかけて、なおも頭の中は『混乱』した。


 え、何を言っているの?みたいなのが顔にそのまま出てたのかもしれない。

 井上 静玖ちゃんは慌てて、まるで弁明するかのように更に混乱に混沌を投下してきた。


「あ、えっと!は私がするから、はマシロちゃんからキスして欲しい………!!」


 モゥイミガワカラナイヨ?

 キスをする場所に、上も間も下も無くない?キスって言ったら、口と口、じゃないの?それ以外にもあるのだろうか。


 あ、間って、もしかして首?

 初めての彼氏こと、タッくんと付き合うにあたって、わたしは少女漫画を何冊か読んだことがある。

 基本的にわたしが読む本はお姉ちゃんの査定が入って、「まーちゃんにこれはまだ早い!」「まーちゃん、良い?キスは子どもを作るときだけだからね??」などの教訓を授かり、結局小学生が読むような感じの漫画ばかりしか読んではいないけれど。


 一冊だけ。見たことがある。

 首元にキスを落として、マークを残す。

 たしか、世間一般で言うところの『キスマ』?だったかな?え、そのことかな?

 下は、下?本当にどこかわからない。


 お姉ちゃんからキスをしたら子どもを授かると教えられて16年。

 いくら初めての彼氏のタッくんと言えども、まだ何もしていない。

 一度だけ、ハグされそうになった時も、わたしは恥ずかしさの余り逃げ帰ってしまったのだ。


 それからタッくんは割と根気よくわたしに触れようとしてくれていたけれど、結局かれこれもうすぐ一年。一回も恋人らしいことはさせてあげれてない。


 あれ?もしかして、こういうとこも含めて、タッくんはわたしに嫌気がさした、のかな?


 い、いやいや、そんなことは後でまた改めて考えれば良い。


 今は目の前の女の子の、この物欲しそうな目を見て何を返答すれば良いかを考えよう。

 キス。キスかぁ。でも、子どもがなぁ、できちゃうしなぁ。


 わたしが何を考えて黙り込んでいたのか、井上 静玖ちゃんには、なんとなく伝わったのか伝わっていないのか、


「あ、あれだよ?女の子どうしのキスは、の、ノーカンだよ?」

「えっ?……そっ、か。たしかに、同性同士だったら、別に良いんだよ、ね??」


 え、ほんとうに大丈夫なんだよね??

 あれ、でも、これは聞いとかなければ。


「その、ごめんね。わたし、そういう知識は空っきしで。口でするのは分かるんだけど。間と下って?どこのこと?」

「あ、、いや、うん。―――(それは、また今度教えるとして)――――口だけだったら、してもいい?」


 ありゃ。間と下がどこのことを示していたのかは結構気になる部分ではあるけれど。

 でも、まぁ、ほんとに女の子どうしでキスしても赤ちゃんができないならば、



「いい、よ?」



 途端、わたしの呼吸は一瞬のうちに狂わされる。


 塞がれる唇。柔らかな感触と、くらくらするような匂いが鼻腔をくすぐって、鼻呼吸すらまともに出来ず。

 口の中には、ただただ甘いヌメっとした液体が入って。わたしのと混ざって、侵入してきた井上 静玖ちゃんの舌によって更に混ざり合わさる。


 息ができない。苦しい。………けど、目をうっすらと開ける。あれ?苦しいのに……なんだろう、この感覚?

 わたしの口の中を凌辱せんとする井上 静玖ちゃんの舌から逃げていたはずの、わたしの舌はあれよあれよと言う間に彼女の舌と自ら絡まりに行き、次には彼女の口の中にまで侵食しようしていた。


 刹那、ハッとして軽く井上 静玖ちゃんの肩を押して離れる。

 唇と唇が離れる際にツーっと細く伸びて繋ぎ止められたその唾液は、いったい、わたしと彼女、どちらのものか。いや、あるいは互いの。


 頭がボーッとする。

 知らない。なに、この感覚は。こ、こわい。

 だけど、嫌には、なれない。


「………マシロちゃん、かわいすぎ」


 頬を赤く染めて、息を整えながら、はにかんで囁く彼女の言葉に。

 わたしは俯いた。


 悶えずにはいられなかった。
















 ※なお、静玖ちゃんは、マシロが『キスをしたら赤ちゃんができる』と信じていることは知りません。

 ただ、単純に女同士のキスは軽いものでしょ?と惑わせて、己の情欲を最優先にかけただけです。

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