第2話

 学校の生徒専用の掲示板に書き込んだわたしは、放課後になりそのまま家に直帰した。


 両親は共働きで、お姉ちゃんは大学生。今日はサークルの飲み会があるとかで、夜ご飯は何も用意されていない。

 きっとお姉ちゃんも遅くなるだろうから、今日は自分で作る日らしい。


 適当にインスタントのラーメンを食べ終えたわたしは自室に戻って今日の授業の復習と予習に取り掛かる。その前にピコン!とスマホが鳴る。


 着信?なんのだろう。

 親友二人はまだ部活だろうし、それ以外の連絡先でわたしがよく会話するのは、タッくんとお姉ちゃん、両親ぐらいのものだ。

 てことは、タッくん!?

 サッカー部の練習、サボったのかな??


 嬉々としてスマホを確認すると、見たこともない通知だった。


「書き込みが削除されました??」


 どういうことだろうか。


 この時、わたしはもうすっかりと掲示板に書き込んだことなど頭の中から消えていて、それを思い出すのにしばらく時間がかかった。


 え?でも、どうして消されちゃったんだろ。

 書き込みが誰かに消されることって、よくあることなのかな??わたしには分からなかった。


 とりあえず、わたしは消されたなら仕方ないか、ぐらいのノリで事の一件を後にし、予定と変わらずその日は授業の復習と翌日の予習をして、お風呂に入って、一人自分の部屋で眠りについた。


 その次の日に教室へ行くと、なにやらクラスメイトたちの様子がおかしい。

 やたらと皆、落ち着きが無いように思う。

 皆の様子に首を傾げながらも、わたしは自身の席につく……………


 二度見。


 右隣を慌てて二度見すれば、クラスメイトの動揺も納得できた。

 なんか、知らない人が座ってるんですけど。


 え、教えてあげた方がいいのかな?そこの席、違う子のだから空けてあげてほしい。とか?

 いや、だけど、まだその本来の席の子は来ていないみたいだし。

 というか、この子めっちゃ可愛い。The美少女って感じだ。うわぁあ、どこのクラスの子なんだろう。すごい我が物顔で座っちゃってるけど、え、転校生?いや、それにしてもやっぱり隣の席にこの子が座っていれば、元の席の子が登校した時に困ってしまうはず。


 よし、ここは優しく教えてあげるべきだ。

 わたしはそっと席から腰を浮かす。

 親友二人が「おいおい、勇気あるなぁ」みたいな目でわたしを見てくる。

 任せんばい!!!


「あ、あの!」

「………え?」


 やばい。恥ずかしい。こんなに可愛い子に話しかけるんだもの。そりゃ、緊張して声が上擦ってしまうのも許してほしい。

 女の子はキョトンとしている。ふわぁ、可愛い。


「そ、そこの席、 井上いのうえ 静玖しずく ちゃんの席だから………」

「…………? うん」


 クラスメイトたちがザワザワする。

 奇異の視線はこの美少女から、わたしにも注がれ始めた。内容としては、「いのうえ?誰それ?」「え、本来あの席の子?」「え、地味子の名前って、井上だったん?」「マシロ、よく名前知ってたね」などの意味が込められてる。なんならヒソヒソ話が聞こえてくる。


 当たり前でしょーが!クラスメイトの名前を覚えるなんて、常識では??

 この目の前の美少女は、この子で「だからなに?」みたいなキョトンとした顔と、少し頬が赤く染まって嬉しそうな表情が綯い交ぜになっている。

 え、なに。なんでこの子は嬉しそうなの?


 と言うか、え、それでも席を立つ気は無い、と?


 美少女はしばらく「………うーん?」と考え込んでから、「あ、」と声を漏らしてポンっと手を叩く。


「私、だよ?私、井上 静玖 です。マシロちゃん、私の名前覚えててくれてたんだね。嬉しい♪」

「……………は?」

「髪、切ってみたんだけど。………マシロちゃん、どうかな?」


 え、いや、ぇ、どうかなって、そりゃあ、めちゃくちゃ可愛いよ!!

 言いたい、そう言ってあげたいんだけど。

 あまりにも衝撃的すぎて声が出ない。クラスメイトたちも「は?ん?え、地味子?」「い、いのうえ?あの可愛い子が?」「いやいや、そんなわけ………」「でも私、確かに井上さんの顔一回も見たことない……」「お、俺も」なんて、より一層とザワザワしている。


 わたしは、もう一度確認してみる。


「えっと、井上、静玖ちゃん?」


 失礼だけど、指をさしながら問わずにはいられなかった。


「そう。みんな、私のことなんて興味無いと思ってたから。一人にでも名前を覚えてもらえてて、私うれしい」

「そ、そう?」

「うん。しかもそれがマシロちゃんで、なお嬉しい♪♪」

「んん??ど、どうして?」


 美少女――自らを井上 静玖と名乗るこの子は周りの様子をキョロキョロと確認したあと、わたしの襟元をグイっと引っ張って寄せ、顔を近づけてきた。


「えっ?」

「ここは五月蝿い。ついてきて」


 そう耳元で囁かれる。何故だか色気を感じる甘い囁き声に、思わずコクリと反射的に頷いてしまう。


 その後ですぐに、


「え、いやでも、もうすぐホームルームが」

「だいじょーぶだいじょーぶ♪♪♪」

「え、えぇぇ??」


 井上 静玖ちゃんは強引にわたしの手を取ると、グングンとクラスメイトたちの垣根を通って突き進み、わたしたちは教室を後にした。


 前を歩きわたしを先導する彼女の横顔を盗み見れば、柔らかな目尻に、にんまりとした表情。

 あぁ、こんな顔を見てしまったら………


 わたしはこの後の担任の先生への言い訳を今のうちから考えるのだった。

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