わたしは人を殺した

ドラコニア

大本命を再装填 編

 わたしは人を殺した。

 彼氏を殺した。

 だって、全部アイツが悪い。わたしに隠れて浮気をしていたのだ。

 今日は暇だから早く上がりなよ、そんな店長の言葉に甘えて早上がりしたわたしは、気分がいいのでイチゴのショートケーキを買って帰ることにした。彼の大好物だ。

 彼とは同棲をしていた。

 同棲と言っても、お金がないので一人暮らし用のアパートに二人でひっそりと暮らしていた。


 帰ると玄関の鍵が開いていた。

 彼の靴の隣に、見馴れない女ものの靴が脱ぎ捨ててあった。

 キッチンが備え付けてある廊下を抜けリビングに行くと、薄暗い照明の下で彼は見知らぬ女とセックスをしていた。

「えっ、だ、だれその人……!?」

 先に気づいた女が問い詰めるように彼に問いかけた。

 彼は恐怖を顔に張り付けたまま、目を右往左往させて口をパクパクさせているだけだった。


 こんなこともあろうかと用意していた包丁をさっそく取り出すと、柄で思いっきり彼に覆いかぶさる形になっていた女の後頭部をぶん殴った。

 べこっと何かがへこむ感覚が手に伝わってきた。何かっていうか普通に頭蓋骨が陥没したんだろうけど。

 女は「あっ」とかいう間抜けな声を出してわたしの愛しの彼の上に倒れ伏してぴくぴくしていた。

 さすがにこれにはむかついた。不倫相手のくせしてわたしの彼とこれ以上密着してほしくなかった。なのであらん限りの力で彼とベッドの上から引きずり降ろしてやった。

 人の男と寝ることしか能がないメス豚の癖に調子に乗らないでほしいので、フローリングに寝っ転がっている顔を思いっきり踏み抜いてやった。


 再びベッドの方に向き直ると、彼のモノはもうふにゃふにゃに力なく萎れていた。

「だ、お、ま……!?」

 足を必死にばたばたさせながら彼は言葉にならない声をあげるばかりだった。

「言い訳なんか聞きたくないよ」

 そう言いながらわたしは包丁を逆手に持つと、彼の胸に思いっきり突き立てた。

 なんだかむかつくので、他の女の中に入れたであろうモノは切り取ってあげることにした。


 その夜は、血なまぐさい部屋で過ごした。

 彼の血の匂いとか腐臭が、からだの中にしみこんでくるようで得も言われぬ興奮だった。

 君は浮気した結果わたしに殺されたけど、尚もこんなにも愛されているよ。幸せ者だなあ君は。

 しかし見知らぬ不倫相手の女の匂いも混じっていることに気づき、すごく不愉快な気分にさせられた。

 誰なんだよお前は。お前のせいで彼を殺すことになったじゃない。殺しても殺し足りないな、もう死んでるけど。


 翌朝不思議なことが起こった。

 彼の血にまみれた包丁を洗ってみると、その銀面いっぱに彼の顔が映っていた。殺されたときの、恐怖一杯の表情でこちらを見ているのだった。

 怨霊とか死後強まる念とかそういう類のやつだろうか。てか浮気されたやつに恨まれる筋合いとか皆無なんですけどウケる。

 でも死んでも尚わたしのことを思ってくれているという点はキュンですという感じだ。

 とりあえず面白いのでカバンに入れてバ先に向かうことにした。


 バ先に着くや否や、店長から小言が飛んできた。

「あのさあ、道玄坂さん……バイトに入って一週間ぐらいしか経ってない人に言うのもあれなんだけどさ……お風呂は入って来てくれないかな? 他のバイトの子から苦情が来てるんだよね……」

 なんだよてめえは。小デブの脂ぎったおっさんのくせしてわたしに説教すんのか。わたしがお風呂に入っていなかったのは今は亡き彼のためにわざわざやっていたことだ。

 まあこんな暴言、いちバイトであるわたしが店長に言うわけはないけど。

 私は無意識のうちにバッグから包丁を取り出すと、店長の喉仏に突き刺していた。

 こひゅっ、こひゅっというこれまた間抜けな空気音を喉から漏らしながら店長はその場に倒れた。

 小デブだし倒れた時にゴム毬みたいに跳ねるかと期待したけど、どうやらそうではないらしい。期待させるだけさせやがって。

 

 するとまたまた不思議なことが起こった。

 なんと店長の脂ぎった顔が、いつの間にか昨日殺したはずの愛しの彼氏の顔に変わっているではありませんか!

「あら! また会えたじゃない! いやー、顔良かおよー!!!」

 素直な嬉しさが言葉となって口から零れ出た。

 彼は何か言いたげだったが、わたしが喉を掻っ切ったせいか喋れないらしかった。

「いやでも待てよ。嬉しいけどお前浮気してたよなあ。昨日殺したけど殺し足りないわやっぱり死ね」

 わたしはそう言うが早いか手に持っていた包丁を再び、今度は小デブの身体の上に乗っている彼の顔めがけて深々と突き刺した。

 しかし刺した途端、愛しの彼の顔はたちまち店長のものへと元通りになってしまった。

 後の残っているのは、大量の血を垂れ流しながらぴくぴく痙攣している、脂ぎった顔をした小太りの店長。

 狐につままれたみたいというのはこういうことをいうのかしらと一人で得心しながらふと包丁を見てみると、血でびっしょり濡れた刃の奥に、恐怖で凝り固まった彼の顔が再び浮き上がっていた。

「へえ、そういうこと」


 包丁に乗り移ってわたしを見守ってくれている(?)彼の怨霊は、その包丁で再び誰かを刺した時、彼はその刺された人間に乗り移るような形で再び現世に顕現するらしい。そしてもう一度刺すことで、彼の怨霊(かわいくて草)を再び包丁に戻すことが出来るらしい。

 ということでわたしは名案を思い付いた。

 いろんな奴を刺して刺して刺しまくれば、何度も何度も何度も愛しの彼に再開することが出来るのだ。(!)

 わたしに隠れて浮気をしていた彼なりの誠意といったところだろうか。死んでも尚わたしに会おうとしてくれるなんてなんてい奴。まあ、浮気してたことは死んで詫びても許さないけど。


 そんなわけで早速、死ね通りすがりのそこのお前! 彼とわたしの愛の糧となりなさい!

 今度は無防備な背中を狙ってみた。

 刺された男は、何が起きたのかわからないといった風でがくりと膝をついた。

 前に回り込んで顔をのぞき込む。

 そこには私の仮説通り、彼の顔が浮かび上がっていた。

 前みたいに怯えた、恐怖でいっぱいのまなざしをわたしに向けていた。

「どうしたのそんなに怯えて? わたしもう浮気のことなんて怒ってないから仲直りしよ?」

「だ、誰なんだよ……お前は! 何度も何度も俺を殺して……」

 彼は口から血をこぼしながら、息も絶え絶えでそう言い放った。

「は? 誰ってお前の彼女だけど?」

「な、何を言って……? 俺の彼女は後にも先にも、お前に一緒に殺された美優だけだ……!」

「あーん? まるでわたしが一方的にお前に恋してるストーカーみたいになってるじゃんか」

「じ、事実そうじゃないのか!」

「おいおいおいおいおいおい! わたしはお前が左利きで箸の持ち方がちょっと変なのとか、皿洗いめんどくさがってシンクにためっぱなしになっちゃうこととか、風呂では以外にも最後に頭洗うことだとか、左向きの回復体位で寝ることとか全部! ぜーんぶ知ってるんだよ!? 彼女じゃないわけないじゃんねえ!」

「……………………!」

「何驚いた顔してんだよ!? お前の彼女なんだからあったりまえだろ!? 起こしたりしたら悪いかと思って、お前が寝ても風呂入らずにいたりしてやってたんだぜぇぇぇぇ!?」

 彼の顔がより一層恐怖で歪む。なんで。嬉しがれよ、わたしがこんなにも尽くしてやってるんだぞ。

「い、家の中に隠れて住んでいたのか、お前……!」

「わたしみたいな美女が目の前にいたらまともに日常生活なんて送れないだろうからぁ! お前のために隠れて過ごしてやってたんだよ?」

 そんな私の言葉を遮るように、彼は頭から地面に激突するようにして倒れ伏した。多量出血で力尽きたといったところだろうか。

 しかし恐怖のあまり彼は錯乱していたようだ。そうだ錯乱していた。わたしのことをストーカーだとのたまった。さすがに恐怖でパニックになっているとはいえ酷すぎる。

 今度また彼と再会を果たした時には、懇切丁寧に訂正してあげなければならない。

 そう考えると居ても立ってもいられない。またすぐにでも彼に会いたい。

 背中に刺さったままの包丁を抜くと、再び刺す。

 彼の怨霊(愛おしすぎて草)を包丁に再装填リロードするためだ。


 しかし何度刺しても、包丁の銀面は何も映さないままだった。



 

 



 




 

 

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