13話
「おっはよ〜!」
「おはよう、める」
「おはー、めるめる〜」
周囲の人間と当たり前のように明るく挨拶を交わして教室に現れると、最後に私の席にやってきて、彼女は言いました。
「おはよ! 菜乃葉」
「お、おはよう、め、める」
めるは私の言葉を聞くとニコッと笑い、自分の席へ向かいました。
いつも通りの朝だけど、私たちにとっては違います。
付き合って初めて迎える学校の朝でした。
「菜乃葉ぁ〜、今日お昼持ってきてないから購買寄ってもいい?」
昼休憩になってすぐ、めるが私のところにやってきて言いました。
「う、うん」
私は頷いて、それから二人で購買へと向かいました。
購買は人で混み合っていました。普段からお弁当を持参して購買には立ち寄らないので、あまりの人の多さに少し驚きました。
私とめるは購買の入り口前の廊下の隅で、立ち尽くしていました。
「ちょっと行ってくる」
そう言って、めるは制服の袖を捲ります。
なんだかめるが格好良く見えました。
「あ、あの、める」
「なに? 買ってきて欲しいものでもある?」
「い、いや、そ、そうじゃなくって……これ……」
私は財布から一万円札を取り出します。
「こ、これで……買ってきて……」
「は? 何で?」
めるは怪訝な表情を浮かべ、私を見ます。
「め、めるにお、奢りたくって……」
「また? 菜乃葉ってバイトしてたっけ?」
「し、してないけど……」
「前から思ってたんだけど、なんでそんなに持ってんのよ?」
「…………い、いや……それは……その……」
「はぁ。わかったわ」
「……!」
嬉しくなったのも束の間、めるは人差し指をピシッと立てて、私の顔の前に向けます。
「ただし、これで最後だからね」
「えっ……」
「無用な施しよ。お金をたくさん使ってくれたって嬉しくないのよ。わかった? 菜乃葉」
「う、うん……ごめん」
「その代わり、今回奢ってくれたお礼として、何でも一つ言うこと聞いてあげる」
「な、なんでもっ……!?」
「うん。エッチなのでもいいよ?」
ニヤッと笑い、めるは購買へと向かっていきました。
それから私は色んなことを考えました。たぶん、言語化すると規制されるようなレベルの、ヤバいことを。
しばらくして、めるが購買から帰ってきました。
おにぎり一つと、紙パックの牛乳を抱えていました。
「はい、お釣り」
そう言ってめるは一万円札を渡してきました。
「え……?」
「いや、さすがに悪いでしょ。あ、なんでも言うこと聞いてあげるのも、なしだから」
「ええ……」
「当然でしょ。さ、行きましょう」
私とめるは屋上へと向かいました。
結構本気で色々と考えてたんだけどなぁ、と私は屋上へと続く階段を登りながら思いました。
自然と足取りは重く、めると差が出てきます。
見上げ、めるのスカートの下から伸びる、真っ白な太ももの裏と膝の裏を見て、本当に残念な気持ちになりました。
「もう、そんなに落ち込まないでよ」
めるは踊り場に到着すると振り返り、苦笑しながら言いました。
私は慌てて視線を下ろし、呟くように言います。
「いや……だって……」
「だったらさ、軽めのことなら聞いてあげてもいいよ」
「軽め?」
「そ。軽めの……エッチな、やつ?」
めるは小首を傾げて笑います。これが俗に言う小悪魔ってやつですか。可愛いです。
そんなことより、軽めってどんくらいだろう。パンツくれたりするのかな。
「ぷはっ、そんなまじまじ考えないでよ。顔がガチなんだって。軽めってのはせいぜい手を繋ぐとか、膝枕してあげるとか、それくらいよ」
「……あ」
「なに?」
「して欲しいこと、思いついた」
「なに?」
私は踊り場に辿り着き、再びめると並んで階段を登ります。
「あ、あの、し、して欲しいっていうか、やめてほしいことなんだけど」
「ええ、なに?」
「あ、朝、ふと思ったことなんだけど」
「うん」
「わ、私以外の人と、あ、挨拶するの、やめて、くれない?」
「どうして?」
めるは怒るわけでも、引くわけでもなく、意味がわからないというような表情で私に訊いてきました。
「め、めるは私のものだから。ほ、他の人と話さないで欲しい」
「サラッとヤバいこと言うね」
「えっ……!? そ、そうかなっ……!?」
「菜乃葉激重じゃん」
そ、そんな。ごくごく一般的な独占欲だと思うんだけど。
「さすがにそれは無理じゃない?」
「わた、私はめる以外の人とは挨拶しないよ?」
「そりゃ貴女は友達いないからでしょうに。てかしなさいよ、挨拶くらい、誰にでも」
「うっ……」
なんだかんだ話してるうちに、屋上の扉の前までやってきました。
めるはいつものように小慣れた様子で、開錠し、屋上に出ます。
今日も今日とて、いい天気でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます