万屋さくらぎの桜木さん

桜木 澪

第一章 さくらぎとの出会い

第1話 僕らの終わり、僕らの始まり


 ――三ヶ月前。


 突然の出来事に不知火京子は呆然と立ち尽くしていた。

 突然と言う言葉がしっくりくるほど、急な事態は今までない。

 

 赤の他人から告げられる現実は、

 私に立ち上がれないほどの重圧を与えた。


 何の冗談か。

 夢でも見ているのだろうか。


 現実が理解できず、可笑しくて笑ってしまう。

 

 大人たちが私に優しい言葉をかけて、色々なことをやってくれた。

 せかせかと変わる景色に私は一人、取り残される。


 気がつくと、どうしてか私は自分の家へと戻っていた。


 部屋の白い布団に横たわる両親を見て、

 なんだいつもの通りじゃないか、そう思った。


 今日も二人仲良く一緒に寝ている――いつも通りだ。


 何の変りもない――。

 いったい、これの何が違うのだ。

 

 しかしながら、いつも笑顔だった二人の表情は硬く肌も白い。

 

 お母さんの笑わない顔を初めて見た。

 もはや、別人のようだった。


 ・・・・・・こんなの私の知る両親の姿ではない。


 途端に私は現実を理解してしまった。

 

 ――これが死であることを。

 

 急に呼吸が出来なくなり、身体中が小刻みに震え始める。

 気が付くと、私は廊下で倒れていた。


 いったい、どれくらい寝ていたのだろうか。


 自分の部屋のベッドで目が覚めた私は、

 大人たちに言われるがまま黒い服に着替えると別の施設へと連れられる。


 斎場と呼ばれる場所。

 ここは確か亡くなった人を見送るところだ。


 そうか――。

 これから私は両親を――見送るのか。


 私の知る人の死とは、涸れるほどの涙を流して悲しむものだ。


 不思議と涙は出なかった。

 大した衝撃もない。なんだか可笑しい。


 両親が斎場へ到着すると、予報にない雨が降り始めた。


 会場に棺が二つ運ばれる。

 おそらく、両親はそこにいるのだろう。


 和尚さんが何やらお経を唱える中、私は外の雨を眺めていた。

 次第に大雨が叩きつけるように地面の石材に降り注ぐ。

 

 それはまるで、私の代わりに泣いているようだった。


 ――そうか、これから私は一人なのか。

 

 ふと、冷静に考える。

 家族はもういない。

 

 これから――。

 これから、私はどう生きていけばいいのだろう――。



 ―――



 三時間前。

 緒方奏は義母からの着信に驚いた。

 

 何件もの着信。いつもと違う。

 いったい何があったのだろうか。

 

 雨が降り始める中、慌てて折り返した。


 義母の声は震えていた。

 芯がしっかりしたいつもの口調ではない。

 

 その内容は、尊敬する上司と最愛の姉が交通事故で亡くなったとのことだった。

 

 斎場の場所を聞くと、急いで足を動かす。


 最寄り駅まで徒歩二十分。

 走れば十分もかからないだろう。


 それほど、時間が惜しい。


 走る中、夢でも見ているのか――。そう思った。


 交通事故なんて毎日起こって、毎日誰かが亡くなる。

 たまたま、それが身内だった――それだけのこと。

 自分の中でそんな刑事らしい客観的で冷たい考えもあった。


 割り切ろうとした途端、

 たちまち二人の顔が目に浮かぶ。


 親のように育ててくれた姉の姿を。

 師のように教えてくれた上司の姿を。


 結局、自分で言うほど割り切ることなんて出来ないのだ。


「彼女は――?」

 電車の中、一人娘のことが気になった。

 妹のような存在の彼女は無事なんだろうか。


 両親を亡くした彼女は一人になってしまう。

 誰が彼女の面倒を見るのだろうか――。

 義母たちは全国を駆けまわる仕事をしているし、それ以外深い親戚はいない。

 

 斎場に着くと、もう葬儀は終わっていた。

 どうやら、最期の顔合わせには間に合わなかったようだ。

 

 大雨の中、傘も差さずに来た僕の目に彼女が映る。


 斎場の隅っこのパイプ椅子に静かに座る小さなその姿。

 まるで、その姿はどこにも居場所が無い、孤独に満ちた雰囲気があった。


 彼女は大切な両親を失った者。

 僕は尊敬する上司と最愛の姉を失った者。


 心の中に大きな穴が空いたこの感覚は彼女も同じだろうか。


 この時、僕は心に誓った。


 ――彼女と共に生きることを。


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