殴られるより、殴った方が痛い。

物部がたり

殴られるより、殴った方が痛い。

 殴られるより、殴る方が痛い。

 あれは本当だとれいは思った。

 れいは生まれてはじめて、人を本気で殴った。

 一生の内で人を一度も殴らずに生涯を終える人も少なくない昨今で、れいは人を殴った。

 殴られた相手である、はじめは口の中を切ったようで血の唾を吐いた。

「どうして、あんなことしたんだ!」

 れいは叫んだ。

 事件の始まりは数日前に遡る。

 

 はじめはれいと小学校時代からの友人であった。

 中学は別々の学校に通ったものの、高校で再会しそれ以来家族ぐるみの仲が続いていた。 

 必然的にれいの妹ふうとはじめは恋に落ち、くっついたり離れたりを繰り返し結婚を果たした。

 つまり、はじめはれいの義弟であり家族であった。

 家族の関係になってからも、はじめとは仲のいい友人のような関係で、よく二人で遊びに行くことも少なくなかった。

 今までにも喧嘩をすることはあったが、手を出したことはなかった。


 暴力に訴えるのは良くないと理解していても、殴らずにはいられない事件が起きたのは、そんなときだ。

 はじめは妹に隠れて浮気をしていて、浮気相手との関係をこじらせてしまったのだ。

 浮気相手は腹いせに、関係を打ち明けたことではじめの浮気が判明した。

 はじめは浮気などする人ではないと信じていたため、ふうのショックは大きかった。


「すまない……」 

「どうして、浮気なんてしたんだよ……」

 はじめは答えなかった。

「馬鹿だった……馬鹿だったんだよ……」

 れいも同じ男だからこそ、はじめの気持ちが理解できた。

「彼女との関係はしっかり清算する。だからもう一度やり直すことを許してくれ……」

 はじめの言い分は都合がいいものだったが、ふうも破局は望んでいなかった。

 だが、れいの気持ちは晴れない。

 

 そのような経緯で、やり場のない気持ちを、れいは拳で晴らしたのだ。

「これは、あいつの痛みだ! 謝るならあいつに謝ってこい!」

「ああ……ありがとう……」

 はじめは腫れた顔をさげ、ふうの元に向かった。

 れいの方も、腫れた拳をさげ、病院に向かうことにした。

 病院でレントゲンを撮ってもらうと拳の骨にヒビが入っていた――。

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