【超短編】最高のチームメイトと世界の秘密
茄子色ミヤビ
【超短編】最高のチームメイトと世界の秘密
ある日、右手がぽろりと取れた。
驚いて目が飛び出したとか、あまりのニオイに鼻がもげたとか…そんな比喩的な表現じゃなく、アイスを握った右手がぼとりと地面に落ちたのだ。
けれど痛みはなかった。
気味の悪い軽さと、爪を切ったあとのような妙なスースーとした感覚があるだけで他は何も感じない。それよりもアスファルトに転がる、コーンを握ったままの僕の右手を見て、気持ち悪いと感じるくらい余裕があったくらいだ。
とりあえず僕は自分の手首をリュックに入れて家に帰った。
まず病院に行こうと思ったのだけれど…その断面を見てそんな気は起きなかった。
取れた手首の断面は、機械だった。
そして当然外れた箇所の断面も機械だった。
家に帰って3時間ほど自分の部屋で呆然としながらそれを見ていたが…ふとよぎったの明日のことだ。
「どうしよう…」
明日は高校最後のバレーボール大会がある。
しかも高校初出場の県大会の緒戦なのだ。
一か八かと断面同士をくっつけると、パヂンッという音がしてあっさりとくっ付き、グーパーと指は問題なく動かせるようにはなった。
が、指でも鳴らそうものなら手首が外れてしまいそうな感覚がある。
しかし僕がロボットだとしたら…何故こんなに運動神経が悪いんだろう?
未来から来たアンドロイドが記憶を失ったとか、会う前に亡くなってしまった両親が実は凄い科学者だった…といったドラマチックな展開に期待がないわけではないが…
まず僕の出自よりも、こんな超科学力の結晶のような僕の運動神経がない事が問題だ
どのくらい悪いのかというと、弱小な上に8人しかいないバレーボール部で一度も公式試合に出させてもらったことがない程の悪さだ。
今回の県大会だって、卒業の時期だというのに気まぐれで入ってきた同級生のスーパーエースのおかげで県大会に進めたのだ。
それでも僕は嬉しかった。県大会出場が決まった瞬間、補欠の僕がチームの中で一番喜んでしまい恥ずかしい思いもしたが…本当に嬉しかった。
だから僕は家にあったありったけのテーピングを袋に詰め、その袋をスポーツバックの横に置いて祈りながら眠った。
「傷めたんか?」
例の卒業間際に入ってきたスーパーエースが、前の座席から覗き込みながら聞いてくる。
「い、痛くない。大丈夫」
僕は低血圧だ。だから朝は頭がボーッとしている。
だから…と、もはや誰に対する言い訳かも分からない。
結論から言うとテーピングの入っている袋を丸ごと忘れてきた。
そして慌てていた朝には気付かなかったが、バスの中でうっすらと茶色い継ぎ目が出ていたに気付いたのだ。それを隠すために右手首を左手で覆っていた。その姿を見て声を掛けられたというわけだ。
(もしかするとこのサビみたいなのが…全身に回っていくんじゃないだろうか…?)
と手首を見ながら考えていると、スーパーエースがまだ僕のことをジッと見ている事に気づいた。
「あのさ、お前が頑張ってるの見て俺バレー部入ったんだぜ?」
「え?そうなの?」
「そう、楽しそうだなって。卒業間近だからって親に怒られたけどさ」
そう言いながらニカッと笑う…良いヤツだ。
万が一、もしも僕に出番があるようなら何とか頑張るしかない。
そんな決意を固めるのと同時にバスは会場に着いていた。
窓の外の会場はとてつもなく大きく感じたが、負けるものかと僕は棚に置かれたリュックサックを慎重に背負い、一番最初にバスから降りた。
いや、転がり落ちた。
「大丈夫?!」
バスのステップを踏み外し、転がり落ちた僕に例のエースが一番に駆け寄ってきてくれた。
「う、うん」
僕は恥ずかしくてすぐに立ち上がり、リュックの肩バンドを掴んで背負い直そうとした。
そしてそれはスカッと空を切る…手首が取れているのだからそうなるのは当然だった。
「おい、これ…」
呆然としていた僕は気付けば顧問とチームメイトに囲まれていた。
当然彼らの目線は地面に横たわる僕の右手首だ…僕はなんと言っていいか分からず、下を向くしかなかった。そして
「やっぱ傷んでんじゃねーか!ほら!コレいつも俺が使ってるやつ!」
トロッとした液体が入った小さな瓶を例のスーパーエースが僕に渡してきた。さらに
「先輩!昨日新しいの買ったから古いのあげますよ!」
「馬鹿!サイズ合わねぇよ!それよりこっちの修復剤の方がいいですよ!」
「シャワーの後はメンテナンスしろって毎日言ってただろ?!ほら先生に見せてみろ!まったく!!なぁに俺の若い頃は何も無かった!」
皆が我先にと僕の修理を始めた。
皆に聞きたいことは山ほど浮かんだが、まずはこのチームで県大会に臨めることを嬉しく思った。
【超短編】最高のチームメイトと世界の秘密 茄子色ミヤビ @aosun
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