第8話 〜錯綜⑧〜
やっと今日一日が終わったと安堵する。人生で最も長くて短い一日のように感じた。
「雄二,学校の寮に今日から住むんだろ? 俺が先生から案内を頼まれてるから一緒に行こうぜ」
透がそう言い,俺らは教室へと向かった。教室に戻るとクラスの皆の反応が変わった。
懐疑的だったのが,好意的になったのか,さっきの鉄騎の模擬戦を見て皆が凄いと思ってくれたようで,俺に話しかけてくれるようになった。戸惑いもあったが,俺は今日一日でなんとかクラスに溶け込む事が出来たようである。
こんな状況になるとは思わなかったので,なんとも言えない気持ちになった。
透が仲がいいという友達二人と一緒に帰ることになった。名前は
二人は前々から財前の事はあんまり好きじゃなかったらしく,俺が今日鉄騎で財前に勝ったのを見てスカッとしたという。
これで少しは財前も大人しくなるだろうと意気揚々に話していた。
俺達はごく普通の学校帰りの男子高校生のようなやり取りをしながら寮に向かう。
軍服を着ていなければ本当に普通の高校生だ……
「寮に着いたぜ! ここが比国海岸訓練高校の男子寮だ」
寮というからそんな期待していなかったが,とても立派な外観だ。玄関に入っても綺麗なロビーが続いており,学生にはもったいない程の寮だ。
「「「ただいま,
「おかえりなさい」
「清美ねえちゃん,となりに居るのが,今日からここに住む雄二だって」
「黒崎雄二くんね。冬月大佐から聞いてますよ。今日からよろしくね! 何か分からない事があったら私に聞いてくださいね」
「黒崎です! はい! 今日からよろしくお願いします」
「清美ねえちゃんはここの寮母さんだから,何かあれば清美ねえちゃんに聞けば大丈夫だよ」
紹介された清美ねえちゃんと呼ばれる寮母さんはとてもにこやかな笑顔で答えてくれた。お淑やかな雰囲気を醸し出している人で,和服を着たらとても似合いそうな和の美人女性という見た目をしている。それよりもとても優しそうな人で安心した。
でも何故ねえちゃんと呼んでいるのだろうか? ねえちゃんと呼ぶには年齢が合ってないように思うし,逆に失礼になるんじゃないだろうか?
「じゃあ他も案内するわ」
「透,俺らは部屋に行くから! じゃあなー―」
「おう!」
透に連れられ,この寮の施設の案内をしてもらった。
「透さ,なんで寮母さんの事,清美ねえちゃんなの? 流石にねえちゃんって年――」
慌てた顔で突然口を抑えられ,静かに! と言いたげなジェスチャーをしている。
「バカ!! 雄二いいか? この学校で絶対に逆らっちゃいけない人が二人いる」
「一人がこれから行く食堂のおばちゃん。それともう一人が清美ねえちゃんだ」
「いいか!! 清美ねえちゃんに年齢の話しは禁句だ。なんでねえちゃん呼びなのかはわからないけど,全員そうだからそうしてる」
「この二人はとんでもなく強い。格闘の授業があるような学校の男子寮を任される位だからな。喧嘩や何か問題になった時は二人にけちょんけちょんにされる」
「ほとんどは食堂のおばちゃんが倒しちゃうんだが,その食堂のおばちゃんでさえ,清美を怒らせない方がいいって言わせるほど清美ねえちゃんは強いらしいんだ」
「ちなみに冬月大佐ですらこの二人には逆らうことが出来ないと言われている……」
「清美ねえちゃんの前では大人しくしといた方がいい!」
そんな強そうな雰囲気はなかったが,透の反応を見るに,とりあえずは大人しく従っていた方がよさそうだ。
「じゃあこれから食堂に行くけど,食堂のおばちゃんは豪快だけどいい人だし,ご飯は美味しいし,問題起こさなければ特に問題ないさ!」
透が脅かすから食堂に行くのが怖くなってきた。
食堂のドアを開くと,広い部屋に机が沢山並べられており,まさに食堂といった感じだった。
奥の方から料理をしている音といい匂いがする。
透が受け渡し台のような所に身を乗り出し,
「おばちゃ〜ん! 飯田のおばちゃんいるー??」
そうすると奥の方からかなり大柄な女性?? がこちらに来る。ゆうに180センチは超えるであろう身長とド派手な紫色に染めた髪の毛と服。女性とは到底思えない筋肉の付き方をした人が現れた。
「おお! 透じゃないか! どうした?」
「こいつが今日から寮に住む雄二。挨拶しにきたよ」
「そうかそうか! 千夏から話は聞いてっから。よろしくな!」
「黒崎雄二です。今日からお世話になります」
「じゃあおばちゃんありがとう。一通り案内したから,今度は部屋に案内するよ」
俺らは食堂を後にする。
「食堂のおばちゃんめちゃくちゃ強そうだな……」
「だろ? でもあの人が本気の清美ねえちゃんは私でも止められないって言ってた」
「えっ!? うそ!?」
俺は清美ねえちゃんを怒らせる事はやめようと心に誓った。
「よし! 着いたよ。ここが俺らの部屋だ」
「俺ら??」
「そうそう! 俺と一緒に部屋だよ」
透と同じ部屋なのか。元の世界の知った顔が寮の部屋で一緒でなんか落ち着く。
部屋に入ると机が二つに二段ベッドが置かれていた。
「ちょっと汚いけど,勘弁な! 一年間は一人部屋だと思ってたからさ。雄二みたいに新しく人が来るなんて思ってなかったからさ。ちなみにベッドの上は俺でいい?」
「ん?? いいよ! 俺は下でいいよ」
俺はとりあえず荷物を下ろしベッドに横になった。
今日一日とても疲れた……精神的にも肉体的にも……
「なぁ透」
「ん??」
「授業って毎日あんな感じなの?」
「ん〜まあ大体はそうじゃないかな? 体力とか基本戦闘とか,戦術の勉強とか鉄騎に乗るのに選ばれなかった場合のオペレーターの授業とかもあるよ! 結構色々やるけど,基本は一年生だし,体力戦闘系の授業が多いって聞くよ」
「えっ!? マジ!? 地獄だ……」
「雄二今日の授業でヘロヘロだったもんな! というか雄二,大佐に学長室来いって言われてなかった?」
「あっ! 完全に忘れてた! 超めんどくさいわ!」
「行かなきゃ何言われるかわからないぞ! 帰ってくるまで待っててやるから一緒に夜飯食いに行こうぜ」
「ん〜仕方ない! 分かった行ってくるよ」
「じゃあ後でな」
俺は透に促されやっと重い腰をあげ,部屋を出て寮から学校へ向かう。
学校へ向かう道の途中から,向こうから女性の声が聞こえ,だんだん近づいてくると前からゆきが現れた。
俺は少し戸惑ったが,相手は俺のこと知らないと思うから声をかけるのやめおうと思った。と思ったら意外にもゆきから話してきた。
「あれ? お前さっき財前と戦ってた奴だろ? お前財前に勝つなんて凄いじゃないか! 名前教えろよ!」
「えっ!?」
俺が思う,ゆきという人物とはかけ離れた言葉遣いに呆気にとられていた。
「いや! えっ!? じゃなくて名前教えろって!」
「え〜黒崎雄二です」
「黒崎雄二か! 私は石井ゆきだ! よろしく! 今度は私と鉄騎で戦おうぜ!」
「まあ……はい。機会があれば」
「なんか冴えない奴だな! まあいいやじゃあな雄二。また今度」
俺はゆきと別れた。顔や姿はゆきと瓜二つなのに,その口から出る言葉があまりにも衝撃的で,俺はショックを受けていた。前の世界では綺麗な長い髪と,図書委員で本が好きで物静かなだったゆきとは大違いで,髪はかなり短く男勝りな女性という印象だった。
和久さんも冬月大佐が元の世界とでは全く違うと言っていたからな……
俺の知っている人が違う性格になっていたとしても不思議ではないか……
冬月大佐に呼ばれている俺は学長室へと急いで向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます