【ウィザードスタッフ】 聖女狩り

大黒天半太

聖女狩り・前編

 歴史の流れが変わる一瞬、などというものは、果たしてあるのだろうか?


 魔道大戦が、その一つに数えられることは多い。では、魔道大戦が歴史を変えた要素とは何か?


 世界を、崩壊寸前まで追い込んだ、古代の魔法使い達の驕りか?


 人類絶滅を阻止した、中立の魔法文化都市と魔法使い達の存在か?


 今、守護主ロードとして知られる三人の偉大なウィザード達が、魔道大戦による大崩壊を予測し、それに対抗する魔法を、密かに開発していたのは、人類にとって幸運であった。

 三人の守護主ロードの『ファウンデーション』によって保護され、十二使徒あるいはその弟子である守護者ガーディアン達の『メンテナンス』によって、安定を取り戻した国土によって、人類の生存は保障されたのだから。


 いや、そもそも魔道大戦さえ起きなければ、魔道都市とその魔法使い達は、歴史から無視された、単なる偏屈な学究の徒の巣窟に過ぎなかったかもしれない。


 強制的に魔力を安定させる、守護主ロードの『ファウンデーション』、その効果を空間に定着させる、守護者ガーディアンの『メンテナンス』、魔法使いメイジの寿命を延ばし、豊富な時間を魔法の研究と行使に費やす事を可能にした『タイムレスリング』、という三大魔法も、今ほどの完成度はなかっただろうし、魔法使いの『学校』の権威も、一般社会には浸透していなかったかもしれない。


 現在は存在そのものを禁じられている二種の魔法使い、ソーサラーとプリーストが対立していたのだとも、プリーストとプリースト、ソーサラーとソーサラーが戦ったのだとも言われている。そして、禁断の呪文が使われたのだと……。


 もちろん、それはおとぎ話にすぎない。

 正確な魔道大戦の記録が残されていないことも、我々魔法使いの存在を神秘化しているが、何のことはない、当時の魔道都市の魔法使い達は、そんな世俗のことには、とんと疎かったというだけのことだ。


 そして、私もその点で言えば、かなり変わり者の魔法使いの部類に入るのだろう。魔法の探求とはかなりずれた「なぜ?」の答えを探す者なのだから。


 待ち合わせの場所は港町だった。町長だか商船組合長だかの私邸には、魔法使いの何たるかを知らない、俗物らしい歓迎の宴が催されており、三賢者の来訪を勝手にありがたがっていた。


 「ソイルのライザム師、只今ご到着でございます!」


 召使いの上げる声にも、もはや注目が集まらない程、宴は進んでいたようだ。私は、かなりの遅刻らしい。


 主賓であるモルツァ師から、少し離れた席に居心地悪そうに座る若い魔法使いが、今回選ばれたもう一人の賢者であるらしい。

 今回『学校』の召喚状によって、三賢者として指名されたのは、モルツァ師を除けば、私を含め無名の二人だ。


 私の挨拶にも、格の違いを見せつけるように受け流し、町の顔役達の追従を浴びながら、モルツァ師は経済と社会の話題で宴の中心になっていた。魔法使いの中でも、世俗の知恵に長けた人物として知られるモルツァ師は、『学校』の導師の職を辞し、自ら商船団を率いて貿易を行う大商人としても、また知られている。


 街の有力者達にしてみれば、お近づきになって損は無いと考えるのが、普通なのだろう。


 「ライザム師でいらっしゃいますね。私は、リンデンの『学校』で、アコモス師に師事しておりますツィオンと申します」


 若い魔法使いは、宴の中心を避けるようにして近づき、私に話し掛けてきた。


 「こちらこそ、ツィオン師。何やら、今回は難題のようですね」


 「ええ、全く。詳しい資料は、お手元に届いていますか?」


 「自宅で読んで、既に処分して来ましたよ。私は『学校』とは無縁の、市井の魔法使いなのでね」


 「世知に長けた、商人でもあるモルツァ師。市井にありながら、純粋な学究の徒であるライザム師。そして、『学校』の視点でしかモノを見たことのない私。ある意味でバランスが取れている、と言えないこともないのでしょうが、面白い組み合わせですね」


 なるほど、見かけは若いが、ツィオンは切れ者らしい。

 私のことも、先刻ご承知、と言うわけだ。


 「我々が、三賢者として裁定を下さねばならないこの案件を考えれば、面白いとばかりも言えないでしょう」


 アコモス師と言えば、リンデンの『学校』の政治面を代表する人物として名高い。

 そのアコモス師の下から三賢者に選出されたと言うことは、彼は『学校』の政治面から、この事件にどんな裁定がくだされるべきか、判断するということか。


 「秘密を要するかもしれないこの事態に、このような場所での合流は、何か意味があったのですか?」

 一番の疑問を、ツィオンにぶつけてみる。


 「モルツァ師のご希望です。」

 ツィオンの言葉に、嘆息が漏れそうになる。


 「大商人モルツァとしては、ご商売を疎かにする分の見返りとして、未だに『学校』から特別待遇、役職を与えられている身であることを、商人仲間や取引相手に見せつけたい、と言うことでしょうか。きっと、我々にはわからない『学校』の名前の利用価値が、そこにおありなのでしょう」


 半ばあきらめているか、半ば考えても無駄だと言いたげに、投げやりな答えが返ってくる。

 まぁ、この回答も大物だ。

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