6月22日 夏至 離れがたいその熱に名前を書く。
6月22日 雨
最も太陽が長く滞在するのに、雲に遮られてあまり顔を見せない季節。
僕は紫帆の足の指の汗を舐めていた。楽しい。たまにくすぐったがれて蹴飛ばされる。脚は全部舐めたから次は手の指。細くて長い。
梅雨は少しだけ汗を酸っぱくさせている気がする。紫帆の全身をくまなく舐めていると、気がついたらまた新しい汗をかいていた。愛しい。勿体ないから全部舐めたい。全ての雫を。
今日は僕も紫帆も休み。だから昨日の夜からずっとくっついてる。天国だ。お腹が空いたけど離れたくない。
「おなかが空いたわ」
「くっついてたい」
紫帆が俺の頭を少し撫でて立ち上がる。這って紫帆の足を追いかけていく。キッチンで立ち止まった紫帆の足首とふくらはぎを舐める。
「成、蹴飛ばしちゃうよ?」
「いい」
「何か食べたいものある?」
「んー、かぷめん」
「しょうがないわね、もう」
ポットに水を入れる音。膝の裏の汗。ふとももからも少し汗が垂れてきたから舐め取る。ポットのスイッチをいれた紫帆は床に座り込む。
「成、おいで」
キスをしたら頭を撫でられた。その手から僕に降り注ぐたくさんの幸せに目眩がする。髪の毛から汗の香りがする。でも髪の毛を舐めたら怒られる。痛むんだって。だから抱きしめて首元を舐める。少し熱く湿っていて、しょっぱい汗の香り。
「よしよし」
「紫帆、大好き。どこにもいかないで」
「今日はずっと一緒よ」
「嬉しい」
「ねぇ、前から思ってたけど成はMなの?」
「全然違うと思う」
ただ一緒にいたいだけ。紫帆は僕の全て。
また抱きしめて耳たぶをもぐもぐした。2つあるなら1つを欲しい。取り外せればいいのに。
「ねぇ耳たぶひとつちょうだい?」
「そうねぇ。あげたらどうするの?」
「どうしよう。名前書く」
「反対の耳はいらないの?」
「欲しい」
「じゃあ今成が舐めてる指は」
「欲しいれす」
「じゃあ耳たぶだけじゃなくて全部成にあげるわ」
「嬉しい。僕の紫帆」
「そうそう、私の成。名前書く?」
「うん書く」
手を伸ばしてサイドテーブルに転がっていたマーカーを引き寄せてキュッという音とともにキャップを開けると独特の揮発性の高そうな香りがした。
どこに書いたらいいんだろう?
舐めてる手の甲に書こうとしたら怒られた。
「成、外から見えるところはやめて」
「わかった」
おへその少し上に書く。雪村成。僕の紫帆。
鎖骨の少し下のところにも。雪村成。
反対の鎖骨。成。
「紫帆、後ろ向いて」
「ん」
たくし上げた服の下の肩甲骨の間に成を4つ書いていると、お湯が沸いた音がして紫帆が立ち上がる。
そのまま右足の甲に書いていると紫帆が動いて変な成になった。
「もう、見えるとこは駄目って言ったじゃない。パンプス穿くとき見えちゃう」
「あそっか、ごめん。紫帆も靴下履いてスニーカー履こ?」
白いモワモワした湯気をたてながら発泡スチロールのカップにこぽこぽお湯が注がれて、その上に箸が置かれる。僕はシーフード味で紫帆はノーマルのやつ。紫帆の顔が僕の顔と同じくらいの位置に降りてきたから思わず抱きついて頬擦りする。
「成、熱い」
今日は雨だからとてもしめじめ蒸している。エアコンをつけてないから紫帆の表面も湿って結構熱かった。ちょうど今、壊れている。
諦めてふとももに名前を書きながら膝を舐めていると頭が撫でられた。
「耳なし芳一ってこんな気分なのかなって思うわ」
「筆で書くとすぐ溶けちゃいそうだ。冬の話なのかな?」
「そうかもね。ねぇ成、3分経った。起きてくれないと食べられない」
「ヴィダーオンとかにすればよかった」
「買いに行くのは嫌でしょ?」
「そうだね」
5センチですら離れるのが辛いから、背中同士をくっつけてカップ麺を食べる。紫帆の方が小柄だから身長差で余った僕の頭を紫帆の肩の上に乗せて髪の毛に頬擦りする。
「その格好じゃ食べられないでしょう?」
真上に天井が見えている。でもおなかも空いてる。どうしておなかがすくんだろう。紫帆の首筋をもぐもぐ齧る。
「くすぐったいから食べてる間はやめてちょうだい」
「うん。ちゅーして」
紫帆は軽くキスしてくれた。すこしだけノーマルのカップ麺の味がした。紫帆に食べられてずるい。そう思っている間に紫帆は先に食べ終わって僕を背中から抱きしめた。そのころには僕のカップ麺はすっかりぬるくなっていた。
「タイムラグを作って食べ始めれば良かったかしらね?」
「別々に食べ始めるのはなんだか寂しいからいいんだ」
カップ麺は冷めて伸びていても、紫帆が僕を温めてくれるから大丈夫。
紫帆がマーカー用のクレンジングを買ってきて足の甲の名前は消してしまったけど、他の名前は残してくれた。でもマーカーだから結局3日ほどで薄くなって1週間くらいで消えてしまった。だからたまに、名前を書かせてもらうことにした。僕の紫帆。
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