友達制度
Marco Godano
第1話・撒き餌
橙田の暗い部屋の中で光るのは、今日も画面一つだけ。
背中を丸めて、瞬きすらしない目で次々と表示される文字の羅列をじっと見つめている。右手でマウスのホイールを下へと回し、一瞬止まってからまた回し始める。しかし、左手をキーボードの上で待機させている訳でもなく、体の横で力なくぶら下げているだけ。彼はキーボードをあまり必要としていない。なぜなら、特に打ち込みたい内容がないからだ。読むだけで十分。自分の思考をわざわざ文字に起こして誰かに伝えてどうする?生まれてきて30年、自分の意見を述べて得した試しはない。学校に通っていた頃はまだ希望があったからか、人間関係を築こうとしてクラスメートに話をかけたりもしていた。上手くいかず、無視されたり嫌われたりしていたのはなぜだろうか。
頑張っていたのにな。
皮肉なことに、あの努力こそが問題だったかもしれない。周りの人達は簡単に他と繋がり、小さな社会の一員としての役割を難なく務め、気づいたら友情や恋愛に至っていたが、特に意識してそうしていた訳ではない。これが自然に出来るからこそ、出来る人同士で信頼しあって関わる事が出来る。その過程をいくら真似ようとしても、必要な「何か」が備わっていない彼は、空を飛ぼうとする鶏と同じ。
しかし、嫌われ者だろうが社会不適合者だろうが決して馬鹿ではない。効率の良い人生を彼なりに考えて求めて辿り着いたのが今の生活。無駄な努力を捨ててぼんやりと生きれば、充実しているとは言えまいが苦労といった苦労も無いし、何よりも楽。名誉なんて、仕事なんて、家族なんて、友達なんて。社会にとって都合の良い人間になった証でしかないと納得していた。というより、自分に言い聞かせていた。なにせ、目の前で流れる情報の川に映る数多の幸せの誘惑を完全に断ち切る事も出来ず、根拠のない優越感で妬みを沈めるしか無かった。
その川を立とって彼の前へ流れ着いたのはニュース記事。普段なら興味のない物だが、自分を形容した単語に反応してか、目が止まった。代わりに、指が動いた。
「・・・深刻化しつづける引きこもり問題に・・・
・・・長期間の社会的孤立、または・・・
・・・自力では及ばないであろう・・・
・・・新制度の導入によって支援・・・
・・・を踏まえて、無料の提供を・・・
・・・孤独感解消を通じて充実した・・・
・・・生活に彩りを・・・
・・・「友達制度」と名付けました。」
美味しい話だった。友達になれそうな人を政府が紹介してくれるのではなく、そのまま友達を提供してくれるという。金がかかるどころか、すでに生活支援をもらっている人が優先的に参加出来るというし、なんと家から出なくてもインターネットで申請がたった五分で出来る。
繰り返して言うが、橙田は決して馬鹿ではない。美味い話には必ず裏があるという事位は分かっていた。この場合、その裏が分かりやすすぎて滑稽だと彼は思った。「友達を作って経験値積んで社会に適応して働いて税金払う良い子になれって事か。馬鹿どもが」と画面に向かって言った。しかし、鼻で笑ってページを閉じた後、彼のマウスのホイールはしばらく回らなかった。あの馬鹿どもですら、多少は分かっていたらしい。彼みたいな人が誘惑に勝てないということを。
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