聖騎士殺し : 逃走成功

 来賓席にいた貴族と従者は、飛び去っていく竜を見上げていた。



「なあ、あのじいさんについて、どう思う?」



 色気のある壮年の貴族が、隣の従者に問いかける。



「どう、とは」


「お前もわかり切ってるだろ。あのじいさん、俺たちが想像している以上に曲者くせものだぜ……まさかお前まで、あの小僧が誤射したと本気で思ってるのか?」


「いいえ。ただ、あまりにあの老人の手際てぎわが良く、自分も最初はだまされました」



 従者の男はわずかに眉にしわを寄せた。


 この来賓の貴族と従者は、ジンの行動に気づいていた。



「あらかじめ矢を拾い、煙の中でグレクの首に突き刺す……煙が晴れてから堂々と首をはねて、矢が刺さったままの首を見せつけりゃあ……」


「弓使いのマクシムのせいで、グレクは殺された……と、なりますな」


「その通りだ。あのじいさんは俺たちを含め、闘技場のやつらを全員ダマくらかしたってわけだ」



 貴族は背もたれに体を預け、天を仰いだ。



「しかもよお、あのじいさん、マジで戦えば一瞬でグレクを殺してたんじゃねえか」



 この言葉に従者は少し考えてから、ハッとした顔になった。



「まさか、竜で逃げやすいように、あえて誤射に見せかけて……!」


「おそらくな。ルシアに竜騎士を逃がさせたってことは、やつの頭の中でプランは決まっていたんだ……竜で飛んで逃げるとなれば、百発百中の矢を放つマクシムは邪魔だ。かといって、目の前のグレクを放っておくことも難しい」



 貴族の男は、離れた観客席で放心しているマクシムに目を向けた。



「そこでやつは、グレクを始末しながらマクシムの心をへし折ることにした。あんな面倒なことをする余裕があったんだ……その気になれば、いつでもグレクを殺せたってわけだ」



 言い終えた貴族の男は立ち上がった。



「さあて、俺たちもさっさと退散しようぜ。この騒ぎを聞きつけて、聖騎士団が押し寄せて来たら厄介だ」


「そうですね」



 貴族の男と従者は観客に混じって、闘技場から出た。

 闘技場から逃げ出した観客はいまだ混乱しており、闘技場の外にも騒ぎが広がりつつあった。


 そんな中、二人は都の雑踏ざっとうを悠々と進んでいく。

 まるで自分たちには関わりがないと言わんばかりに。



「そうだ、もしも」



 先に口を開いたのは、貴族の男だ。



「もしもお前が、あのじいさんと全力で戦ったら、勝てるか?」


「どうでしょう、危ないかもしれませんな」


「お上品なことを言うなよ……鏖殺みなごろし



 その名を呼ばれた従者の男は無表情だったが、いつの間にか瞳の色は人間らしい褐色かっしょくから、血のような深紅に変わっていた。

 武骨そうな男の瞳には、隠しきれない殺気と戦闘欲求がにじみ出ていた。



「そういうあなたこそ、あの老剣士と遊びたくてウズウズしてたのではないですか? 殺戮さつりく



 お返しに名を呼ばれ、貴族の格好をした男は薄く口角を上げた。

 その唇の奥から、人間とは思えぬ鋭い牙がかいま見えていた。



 ***



 竜に乗って逃げたジンたちは、しばらく東へ飛んだ。

 都を出るまでは地上にいる人間に気づかれたが、さらに高度を上げると人目につかなくなり、追っ手を気にすることなく日没まで飛行した。


 

「都からだいぶ離れた。ここで下ろすぜ」



 鷲鼻が特徴的な竜騎士ジークが着地点に選んだのは、人気のない山の断崖だった。

 見晴らしも良く、人里も近くにはない絶好の場所だ。


 ジンとルシアは竜の背中から下りて、ジークを見上げた。


 

「すまんな、助かった」



 ジンが礼を言うと、ジークは微笑みながら首を振った。



「礼を言うのはこっちだ。あんたらのおかげで、聖王国のクソどもに処刑されずに済んだからな」



 彼は双竜帝国の出身であり、聖王国は憎き敵国だ。



「それにジン、あんたには良いもん見せてもらった」


「何をだ?」


「聖騎士を斬首した、あの光景だよ。あればかりは、胸がスッとしたぜ」



 聖騎士団は聖王国の精鋭部隊であり、戦場ではおおいに活躍するという。

 竜騎士である彼自身も、双竜帝国では精鋭である。

 だが、それゆえに戦場で聖騎士と激しく戦い、苦い経験を何度も味わったのだろう。



「さあて、俺もそろそろ行くか。追っ手が来ないとも限らないしな」


「うむ」


「ありがとう、ここまで助かったわ」



 ジークはうなずき、竜に合図を出した。



「ギョアアッ!」



 竜がいななき、再び翼を広げて羽ばたく。



「縁があったらまた会おうぜ! ジン、ルシア! その時は俺たちの帝都に招待してやるよ!」



 そう言い残してから、竜騎士ジークは夕空へ消えていった。


 ジンとルシアは断崖の上から竜を見送った後、ルシアがその場に座りこんだ。



「ははっ、さすがにくたびれたか」



 ジンは笑ったが、ルシアは言い返さなかった。

 いつもなら気丈に振る舞う彼女も、今日は疲労と緊張の連続で、すでに体力の限界を迎えていた。



「当たり前でしょ……むしろ、あなたが異常なのよ」


「そんなことはない。鍛えれば誰でもこうなる」



 ルシアからすれば、疲れていないジンのほうが理不尽な存在だ。

 午前から自分と戦い、続けて二人の聖騎士と戦い、そこから日が暮れるまで竜の背中に乗りっぱなしだったというのに、ジンは涼しげな顔をしている。



「しかし、竜の背中には初めて乗ったが、馬とはまた違ったおもむきがあるな。古代の中華では竜に乗った聖人や仙人がいたと聞くが、はたしてああいう乗り心地だったのか。あの者の故郷、双竜帝国というのも気になるところではあるが……」



 それどころか、竜に乗った感想についてブツブツとつぶやいている。

 いくら老いていても、竜という未知の生物に乗って飛行した経験は、ジンの少年心をくすぐったらしい。



「あの、ジン?」


「うむ? どうした」


「どうしたも何も、これからどうするの?」



 ルシアから問われ、ジンは少し考えてから、



「わからん」



 と答えた。



「はあっ? わからないって……あなた、お目付け役って……!」


「お目付け役と言ったが、世話役ではないぞ。あくまで同じ道を歩む者どうしであり、俺がお前さんの行き先を決めるつもりはない」



 ジンはあぐらをかき、ルシアの目線に合わせた。



「お前さんは自由の身だ。方針は自分で決めるしかない」


「方針を、自分で」


「うむ。今から勇者を殺すために探しに行くも良し、裏切り者の魔族を始末するために故郷を目指すも良し……自由というのは、意外にも難しく、苦しいものだぞ」


「……私は」



 この言葉を受け、ルシアは神妙な顔で自分の胸に手を当てた。


 だが、そこで奇妙な音が鳴った。

 キュルルルッ……という、少し間の抜けた可愛らしい音に、彼女の表情が固まった。



「おや、どこぞの腹の虫が鳴っておるな」



 ジンがそう言うと、ルシアの顔がみるみるうちに紅潮する。



「かかっ、顔や体は大人びているとはいえ、腹の虫はお子様だな」


「し、仕方ないでしょ! 今日は朝から何も食べてないんだから!」



 凛としたダークエルフに見えるルシアが唇を震わせ、からかったジンに食ってかかった。


 なお、ジンはまったく悪びれることなく、笑いながら立ち上がった。



「良い良い、ならば俺が獣でも狩ってこよう。腹の空かせた娘っ子を泣かせたくはないからな」


「くぅぅっ……私も行くわ! 狩りなら、あなたよりも一枚上手なんだから!」


「ほう、では今日の二度目の勝負といこうか」



 こうして二人は言い合いながら、暗い森の中へと消えていった。


 自由というものは時に苦い。

 それでも、人々は自由を求めて生きている。

 この広々とした世界を知り、味わうために。


 大魔王の孫娘と、老いた剣豪。


 ついに自由を得た二人の長い旅は、聖王国の人里離れた山奥から、幕を開けた。




 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



 ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


 これにて第一章が完結となります!

 まだまだ旅が始まったばかりですが、第一部は、ジンとルシアが自由を手に入れるところまでを描きました!


 これから多くの冒険、戦いを経て、二人の成長を描いていくので、今後とも応援よろしくお願いいたします!!


 では、またすぐに、第二章でお会いしましょう!


 鈴ノ村より

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る