あれはうちのブッコロー

井川アスラ

休日

 みんなすごいな。

自宅のパソコンのモニタで「R.B.ブッコローの二次創作コンテスト」の応募作を読みながら、僕は電動歯ブラシで歯を磨いていた。力作揃いで面白い。

 休みにのんびり起き出して、カフェオレと目玉焼きトーストの遅い朝食を取った後だった。

 あるミステリー作品を閲覧中、実在の店員さんが登場したくだりで思わず吹き出してしまった。回転中の歯ブラシが、そこら中に細かい泡を撒き散らす。

「うわ」

 机の右脇に飾っていたブッコローのぬいぐるみは、どうにか歯磨き粉の泡被害を免れた。

 とはいえ、そろそろ洗おうか。

 身長16センチのブッコローを家に迎えて数ヶ月。時々払ってはいるが、うっすらとついた細かいホコリが取れてない気がした。

 僕はブッコローをネットに入れて、他の洗濯物と一緒に洗剤と柔軟剤で洗濯した。そして洗濯バサミ付きのハンガーに、ブッコローの耳をはさむ形で吊るし、アパートのバルコニーにある物干し竿にかけておいた。


 次の日。

 仕事から帰った僕は、机の右側が寂しいのを見てブッコローを洗濯したことを思い出し、ガラス戸を開けた。

「え」

 そこに彼はいなかった。

 え。

 何。

 盗まれた?

 ハンガーごと、ブッコローはいなくなっていた。



 なくなったのはブッコローだけだった。一緒に洗った他の洗濯物は室内に干していたのだ。

「…それはないわ」

 頭の中にでかいはてなマークが居座る。

 一体、誰が何のために?

 ………

 それにしても、なんというか困った。

 いい歳の独身男が「ぬいぐるみが盗まれました」と言って被害届けを出すのはまあまあやりにくい。

 幸い空き巣に入られた様子はなく、なくなったのはブッコローとハンガーだけらしい。他の物と一緒に届けを出すのだったらまだしも。ぬいぐるみは値が張りそうな大きさでもなく、控えめな大きさで控えめな値段の物である。

 警察に届けを出すとなると「子供が大事にしてた物で」とか嘘ははけないだろう。

 本当のことを言って「16センチのぬいぐるみですか…(え、別に買えばよくね、それくらい)」みたいな視線を浴びそうだ。自意識過剰すぎるだろうか。

 かといって、盗まれてすぐ買い直すのはものすごく負けた感がある。

 どうしたもんかな。

 空っぽのバルコニーに出た僕は、ぼんやりとため息をついた。

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