第50話 居場所②
さっきの分かれ道のもう一方の道を進むと森を出た。
日が暮れて薄暗くなった空の下、一面に広がる田んぼとまばらに建つ民家が見える。なんともない田舎の風景で、僕の知らない風景だ。
今置かれている不思議な状況が現実なのだと、改めて理解させられる。自力で帰らせるなんて勝手な神様だなと、内心鼻で笑った。
「どうやって帰ろうか」
呟くように、背中の那澄に言う。
「立紀君、もう下ろしていいよ、疲れたでしょ?」
那澄はそう言い、僕の背中から離れるように足をもぞもぞと動かす。でも僕は体の疲れよりも、背中から感じる那澄のぬくもりを手放すことの方が惜しくて、那澄の足を離さなかった。
「立紀君? 道もきれいだし、私、裸足でも大丈夫だよ」
「......もうちょっと」
そう言って、僕は那澄を背負ったまま適当な方向へ歩き出す。
「え、どういうこと!?」
分かっていない様子の那澄に、僕は笑ってごまかした。
「......やっぱりさ、罰じゃなかったのかな」
那澄が僕の背中にピタリとくっついて言った。
「うん?」
「祠にお参りしたときにね、大丈夫って言われた気がしたんだ」
落ち着いた声で那澄が話す。
僕は小さく相槌を打ちながら聴いた。
「私、ずっと守られてたのかも。透明になったのも、詩乃ちゃんや立紀君に出会ったのも、今生きていることも、なにか意味があったんだと思う。だとしたらさ、ずっと罰だって思い込んだり、死にたいって思ってたのが申し訳ないなって......」
「......そっか」
僕は少し考える間をおいてから相槌を打った。
もし僕が那澄の立場でも同じように人生に絶望していただろう。ましてや、「意味」なんて考える余裕もないはずだ。それでも那澄は誰に恨みを向けるでもなく生きてきた。今も、自分を透明にしたであろう神秘に対して申し訳ないと思える彼女は、僕なんかよりもずっと人間ができている。
きっと、申し訳ないと思うことも、今までの生き方が間違っていたなんて思うことも必要ない。結局のところ、神様の意図なんてわからないのだ。案外、全部神様の気まぐれなんてこともあるかもしれない。考えても確実な答えは出ないのだ。だから、わからないからこそ、足掻きながらもここまで生きてきたことが僕らの正解なんだと思う。
でも、それを言うと話が片付いてしまう気がして、口には出さなかった。自分と向き合い、心の内を僕に話してくれる那澄を邪魔したくなかった。今はどんな正解や正論よりも純粋な那澄の思いを聞きたかった。
「立紀君、好きだよ」
話の流れに沿わない言葉を突然言われ、僕は「えっ」と驚く。
「どうしたの、急に」
照れと嬉しさが混じった声を出す。
「......うん、初めてちゃんと言えた気がする」
那澄はそう言うと嬉しそうに笑う。
那澄から好きだと言われたことは以前にもあるが、そういう単なる言葉としての意味ではないことは理解できた。何の後ろめたい気持ちや淀みもなく、那澄は今、初めて純粋な気持ちで言葉を伝えることができていると言うことだろう。
そうなら、僕はこの上なく嬉しい。
「僕も好きだよ」
言わないと気が済まなかった。
那澄はいっそう幸せそうに笑い、「なら、頑張って生きてみる」と言った。
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