第34話 ドライブ④
「......外に出たの、何年ぶりかな」
夜景の方を見ながら、那澄が言う。
「立紀君、今日はありがとう。初めてのこともたくさんあって、すごく楽しかった」
「そっか、よかった。僕も楽しかったよ」
那澄は少し黙ってから、「ねえ」と口を開く。
「もうじきさ、詩乃ちゃんが東京に行くでしょ。詩乃ちゃんは私と立紀君が一緒に暮らすってことで話を進めてるけどさ、立紀君が嫌なら無理に同棲しなくてもいいんだよ?ほら、私と暮らすといろいろと大変だし」
自嘲的に笑う那澄の横で僕は眉をひそめる。
「もちろん、私は立紀君のこと好きだよ。同棲もできたら嬉しいなって思う。でも、立紀君の負担になるのは申し訳ないし、もともと私のわがままで付き合ったみたいなところもあるから――」
半ば反射的に、僕は那澄を強く抱きしめていた。
「......立紀君?」
僕の負担になるとか、わがままで付き合ってるとか、そんな彼女の言葉を聞くたび胸が苦しくなって、それ以上聞きたくなかった。
僕は別に、打算的に付き合ってるわけでもないし、仕方なく付き合ってるわけでもない。だから、そんな気遣った言葉はいらなくて、もっとこう、普通の彼氏みたいに——。
僕はそこでようやく確信する。
いつのまにか、那澄に対する霧のかかっていた感情が晴れていた。
「僕、那澄が好きだ」
「え」と那澄が顔を上げる。
「ずっとはっきりしなくてごめん。でも、今ちゃんとわかった、僕も那澄のことが好き」
僕がフードの中を見つめると、那澄は照れたようにさっと顔を下に向ける。
「だから、もっと僕を頼ってほしい」
「うん」
「あと、わがままで付き合ってるんじゃない。僕が那澄の彼氏になりたいから付き合ったんだ」
「......うん」
涙に混じった返事だった。
「那澄」
僕は名前を呼んで、彼女のフードの中にそっと手を入れた。
那澄の柔らかい頬に手のひらを当てながら、親指を動かし、唇の位置を確かめる。
そして、柔らかくて暖かいその膨らみに僕の顔を近づけた。
「ん......」
互いの唇が触れると、無抵抗の那澄から小さく声が漏れた。
初めてのキスだった。
体温、感触、息づかい。
口元から感じ取った、彼女の存在を証明する全てが、僕の体を伝っていく。
たまらなく愛おしい気持ちが全身を巡り、体を熱くする。
那澄以外の何も感じない。
まるで、世界の全てが止まっているかのような、そんな時間だった。
唇を離してから、僕らは小さく笑う。
そのとき、ようやく僕と那澄を隔てていた大きな壁が、ゆっくりと融解し始めたように感じた。
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