第16話 ペアチケット
今年度最後のサークル活動は、健二と二人きりだった。三年生は例によって忙しいらしく、近頃サークル室に顔を出していない。
今日、僕がスケッチブックに描いたのはウサギだった。グレーの毛色をした、草をほおばっている一匹と、その隣ですやすやと眠っているクリーム色が一匹。長机の上に置いた三十六色の色鉛筆の中から適当な色をいくつか選び、二匹の瞳の中を丁寧に塗っていく。
「立紀が色を使うなんて珍しいな」
健二が水彩パレットを拭きながら、僕の絵を覗き込む。
「しかも動物って。いつもは風景画だったのに」
「まあ、たまにはね」
一体どうしたのかと理由を聞きたそうな健二を無視して、僕は淡々と色をのせていく。
この絵は、水島さんの依頼だった。
水島さんに料理を教わった日。あの一悶着の後、このサークルについての話題になり、僕が絵を描いていることを話すと、ぜひ動物の絵を描いてほしいと頼まれたのだ。僕は二つ返事で引き受けてしまったが、普段風景画しか描かない僕にとっては、なかなか動物の絵というのは描き慣れない感があった。それに、おそらく水島さんが望んでいるのは色付きの絵だ。鉛筆のみで戦ってきた僕にとっては、色塗りもまた、慣れない作業である。
何の動物か指定がなかったので、ウサギにした。数ある動物の中からそれを選んだ理由は、女子受けが良いというほかに、僕が子供のころ一番好きな動物だったからだ。
帰り際、健二が何かを思い出したようにカバンの中をあさり始めた。
「立紀、これやるよ。プレゼントだ」
健二がカバンから細長い紙切れのようなものを二枚取り出す。
その紙にプリントされた観覧車の写真が真っ先に目に入った。
「これって、最近できたレジャーランドのチケットか?」
「そうそう。この間デパートの福引で当たってさ」
「すごいじゃん」
「でも俺、乗り物酔いがひどくてさ、こういうアトラクションとかに乗れないんだよ。だから、どうせならお前がもらってくれ」
健二がチケットを僕の前に差し出す。
「...え、本当にくれるの?」
僕は健二が冗談で言っているのだと思っていたが、どうやら本気らしい。
「いいよ、こんなの受け取れないよ」
「もらってくれ。俺も処分に困ってるんだ」
「でも俺、一緒に行く人なんていないし」
「藤沢さんと行けばいいだろ」
そう言って、健二は無理やりチケットを僕の手に握らせた。
「じゃあ、またなー」
「おい、ちょっと待て」
僕が呼び止めるのを無視して、健二は走り去っていく。
手の中に残された二枚のチケット。
「藤沢さんを誘う勇気なんてないって...」
僕は深いため息をついた。
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