おうちのあさごはん

うめおかか

ぼくの手作りのトーストセット




 日曜日の朝九時、外は春の日差しが降り注いでお出かけ日和でも、父さんと母さんはまだ寝ていた。今週は仕事が急がしすぎて疲れていたのは知っていたので、僕は起こすことはしなかったし、日曜日は寝坊してもいいことになっている。中学生ぐらいまではそれなりに早く起きるように言われたけど、高校生になってから両親は寝坊を容認している。高校生だって平日に勉強して疲れてるから、日曜日ぐらいはゆっくりしないということらしい。

 同級生は口を揃えて、来年受験の年だから勉強しなさいとか、休みでだらけては駄目だと親に怒られているらしい。僕もそう思うけれど、両親は気にしていない。決して放置しているわけでもなくて、平日は学校帰りに塾にも通ってるし、昨日も遅くまで塾に居残っていた。

 それでも朝になればお腹が空くし、寝るよりも何か食べたいという欲が勝る。

 まだ布団の中にいたいけど、空腹の音が容赦なく僕の体を襲う。外は暖かそうでも春先だからまだ寒い、でも寒いよりお腹が空いた。

 あくびを噛み殺しながら、僕は大きく伸びをしてから着替えを済ませた。顔を洗って歯磨きをして、普段と変わらない朝の準備。朝というには遅い時間だけど、習慣って怖いと思う。何も考えてなくても、体が勝手に動いてしまうのだから。

 リビングの電気を点けてから、僕は台所で物色を開始した。トースターの上には三枚の食パンが袋に入っていて、調理台の上には皿が三枚置いてあった。昨日の夕飯で使った真っ白な皿を拭くのが億劫になるぐらい、両親は疲れていたらしい。ちなみに我が家の分担は、料理は母さん、皿洗いは父さんになっている。僕は食べ終えた食器を片付けたり、テーブルを拭くことが多い。

 最近あまりやっていないのは、どうしても塾で帰りが遅くなってしまうからだった。両親と夕飯を食べたのも、三日前だった気がする。

「冷蔵庫は……と」

 簡単に食べられそうなものを発掘するために、僕は冷蔵庫の中を覗き込む。

 これでいいかな。

 僕が発見したのは、タッパに入っていた生野菜だった。プチトマトにレタス、これは母さんがすぐに食べられるように用意してくれたものだった。あとはハムとかもあるから、簡単なサラダが作れる。それとパンを焼けば十分豪華な朝食になると思う。

 ……そうだ!

 僕は目を輝かせて、卵ケースに入っている卵の数を確認した。残りは六つ、一つ使っても問題ないはず。

 卵を一つ取り出して、転がり落ちないよう慎重に卵を調理台の上に置く。それからフライパンを取り出して、IHのコンロの上にフライパンをセット、母さんに教わったように電源を入れれば温まるはずだ。

 どうしてもお腹が空いてしまうので、母さんは簡単な料理を僕に教えてくれていた。食べ盛りだから仕方ないけど、外で買ってばかりだとお金がいくらあっても足りないから、ということだった。あと料理が作れても困らない、とも言っていた。

 本当にその通りだと思ったのは、高二になったばかりの頃で、野菜をいれただけのお味噌汁を自分で作ったけど、感動するぐらい美味しかった。それからたまに母さんに料理を教わって、作って食べることもある。

 たまに作るんだよね、目玉焼き。シンプルだけど美味しい。

 手のひらでフライパンが温かくなったのを確認して、サラダ油を垂らして薄く伸ばす。そして卵を割りいれると、じゅわっという音が台所中に響いた。それから適当なコップに水をいれて、フライパンに注いですぐに蓋をする。

 その間にパンをトースターに放り込んで、皿にはサラダを盛り付けておく。あ、オレンジジュースもあるから一緒に飲もうかな。

 そうしているうちに、目玉焼きは焼けているはず。

 少し緊張しながら、僕はフライパンの蓋を開けた。湯気がのぼって、少し崩れた丸い形をした目玉焼きが現れた。黄身には薄く白い幕が張られていて、フライパンを揺らすとふるふると震える。

 うん、うまく半熟にできた!

 出来上がりに満足した僕は、電源を切って火を止めた。それからフライ返しで目玉焼きを持ち上げて、サラダの横に置く。完璧なタイミングでトースターがチンという音を鳴らした。

 バターとか塗ってもいいんだけど、目玉焼きの黄身に火が通りすぎるから今回はなし。時間が惜しい。

 焼きたてのトーストに目玉焼き、サラダとオレンジジュースが揃った。朝食としては豪華すぎるし、どこからどう見ても美味しそうだった。

 僕は出来上がった料理を、いつもご飯を食べるテーブルに急いで運んだ。フォークも忘れない。

 忘れてた、サラダにマヨネーズをかけないと。

 慌てて僕は冷蔵庫からマヨネーズを取り出して、サラダの上にかけた。細く波打っているように絞る。

 そして椅子に座って、手を合わせて一言。

「いただきます!」

 興奮しすぎて声が大きくなってしまったけど、僕は気にせずフォークでサラダを食べ始めた。

 レタスは冷たくてしゃくしゃくと歯応えがあって美味しい、プチトマトも噛むと口の中で弾けた。薄いハムも塩気が合って美味しい、これをレタスと一緒に食べるとまた違う味がする。

 それから僕は焼きたてのトーストにかじりついた。かりっという音と、母さんこだわりのそのまま食べても美味しいパンは、甘くて小麦の香ばしい味がした。バターとかマーガリンを塗らなくても美味しく食べられる。

 そしてまだ半熟をキープしている目玉焼きに、ゆっくりとそーっとフォークを刺す。すると中からとろっとした黄色い液体が皿に流れていった。

 もう、これは絶対に美味しい。自画自賛とか言われても反論しないぞ。

 トーストを少し千切って、黄身をたっぷりとつけて口に放り込む。

 美味しい!

 濃厚な黄身とパンの味が混ざり合う至福の味。

 黄身がまたよく絡んで、トーストがまろやかな味に包まれる。そこにオレンジジュースを飲むと、甘酸っぱい味がパンの味をリセットしてくれる。

 これをひたすら繰り返していると、起きたばかりの母さんがリビングにやってきた。着替えてはいるけど、顔を洗っていない気がする。

「おはよう、あら豪華な朝食ね」

「豪華になってた」

「お母さんも食べたいなぁ」

 まだ眠そうな顔をしている母さんは、素直に食べたいといってくれてるんだと思う。いつもは自分で作るっていうのに。

「仕方ないなぁ」

 残ったトーストを口に放り込んでから、僕は台所へと向かう。きっと美味しいと言ってくれるはずだ、母さんも半熟の目玉焼きでトーストを食べるのが大好きだから。

 失敗はしないように、もし焼きすぎたら完熟が好きな父さん用にしよう。

 お腹が満たされた僕は、今度はお腹が空いた両親のために朝食の用意を始めるのだった。

 








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