転移した未来は、全裸ポージングを見せつけてくるロリ、美女、イケメンとHENTAIが溢れていたけど――そんなこの国を、僕は嫌いになれない。

黒一黒

第1章 ジェンダーロスト・ダイバーシティ

プロローグ


『すべての人間は、生れながらにして自由である――』


 たしか世界人権宣言の書き出しはこんな感じで始まる。


 いい言葉だ。きっとこの文言を考えたのは、性格が良くて、優しくて、たまに寂しげな顔で微笑む陰のあるタイプのイケメンに違いない。これで現実が見えてれば完璧だった。


『――かつ、尊厳と権利とについて平等である』


 しかも、それに続く言葉がこれだ。もう見境なしに注ぎ込んだ愛が溢れてる様には感動すら覚える。それを思えば、ちょっと頭が緩いのなんて帳消しだろう。むしろ個性だ。


 しかし、どうにも次の文言から少し雲行きが怪しくなってくる。


『人間は、理性と良心とを授けられており――』


 これだ。


『理性』と『良心』。


 まぁ、この部分の有無には賛否意見があるだろうけど、50/50、フィフティフィフティ、賭けをするには悪くないし、外れても楽しめる程度で、丁度の塩梅だろう。

 それくらいの結果を受け入れる懐の深さは僕も持ち合わせてる。


 だけど、『授けられて』っていうのはいただけない。

 これじゃまるで、持ってなかったときの言い訳に予防線を張ってるみたいだ。『理性』も『良心』も、けして顔も知らないどこかの誰かに授けてもらうようなものじゃない。


 そして、


『――互いに同胞の精神をもって行動しなければならない』


 言うに事欠いてこれだ。

 これが世界人権宣言の一条の全文。

 呆れちゃって言葉もないね。


 僕たちは、人や時や場所によって有ったり無かったりするものに縋って、信条も状態も境遇も分からない、会ったことすらない人と親しいお友達・・・しなきゃいけない・・・・・・・・らしい。


 全くもって馬鹿げてる。人が本当に自由だって言うなら、誰かを好きになるように、誰かを嫌いになるのだって自由なはずだ。それを理由に攻撃をしなければ、それでいい。


 だから、『理性』も『良心』も、手を取り合うためにあるんじゃない。


 僕たちの『理性』と『良心』は、知った風な口を利いてくる厚化粧で面の皮が盛り上がった自称善人のデカい顔をぶん殴るときに、そのままだと自分も怪我をするから、一拍間を空けて、息を整え、正論ってきぬを着せるために使うんだ。


 そう。物理的な攻撃は論外だし、たとえ言葉でも抜き身のままじゃ相手を悪戯に傷つける。そうならないよう一度立ち止まって、「痛みを感じる間もなく(良心)、一撃で仕留めきれるか?(理性)」って自分に問いかける。これだ。


 やっぱ秘めることこそ日本人の美徳だよね。


 大声で喚くのは品がないし、明け透けな暴言には大人気がない。

 人類最初の発明は恥部を隠すためのころも。聖書にもそう書かれてる。


 だから僕は、たとえどんなことが起きようと、取り乱して大声で喚き散らすような恥曝しな真似は絶対にしない――そう心に誓ったんだ。


「ちょっと聞いてるの!? ひ、人の話はちゃんと聞かなきゃ駄目なんだよ!」

「喋んなガキぃ!!」

「ひぃっ!?」


 心より先に体が罵倒していた。


 そういえばクリスチャンじゃなかったな、僕。……まぁ今のは心ない暴言だったからセーフでしょ。むしろ僕の置かれてる状況の方がアウトだから、相殺されてノーカウント。


 つまり、ここからが本当の正念場か……ッ!


 汗が滲みそうかもしれない手を固く握りしめ、改めて状況を確認する。

 何もしてないのに周りは敵だらけで、既にぐるっと囲まれてる。逃げ場はない。対する僕はたった一人。正確にはもう一人(?)いるけど、アレに助けを求めるのは気が引ける。


 何より問題なのは――、


「おっ、大きな声で脅かしたって、むむ無駄にゃんだかりゃ!」


 噛み噛みになりながら震える指をへにゃっと突きつけてくる、この少女ロリだ。


 背中の中程まである木漏れ日みたいに柔らかな金髪。髪と同じ色の瞳には、今にも溢れそうなくらい涙が溜まっていて、それが零れないよう八の字にした眉根にキュッと力を入れ、泳ぎまくる目で必死なほど真っ直ぐ見つめてくる。


 ……あざと可愛いの概念濃縮か?


 僕だって、小学生の頃から純真無垢なショタたちの性癖を破壊してきた自負があるし、今も街中で十人のオス共の前を通り過ぎれば十人が振り返り、十一人目がスライディングでカットインしてサムズアップから「エクセレンッ!」って叫ぶくらい可愛い系男子だけど。

 そんな僕から見ても、この少女ロリの容姿はちょっと危なかっしいくらい可憐で整ってる。むしろ整い過ぎてて怖いまである。


 そんな少女が涙目で上目遣いに非難してくるんだ。これにはYESロリータNOタッチを座右の銘にしてる界隈の人たちでさえ、ハイエースからのタッチダウンをキメる誘惑に打ち勝つのは容易じゃないだろう。


 その過激に庇護欲を掻き立ててくる姿を前に、僕は思わず――目を逸らした。


 衆人観衆の中、勇気を振り絞って恐怖を乗り越え、自分の信じる正義の為、悪に立ち向かう。そんな在り方があまりに眩しくて――とか、そんなんじゃない。


 どっちかっていうと見てらんない……いや、正しくは〝僕は見ちゃいけない〟んだ。


「へ? あ、あれ? ……ふ、ふぅーん? さてはあなた、上がりたてで、初めてでしょ? な、なら! わたしがリードしてあげる! まぁ、わたしも上がったばっかりだけど……でも初めてじゃないし! うん、任せて!」


 そして何を勘違いしたのか、調子に乗りだす少女ガキ

 鼻をぴすぴす鳴らしながら腰に手を当てて、ほんの僅かに膨らんだなだらかな胸を反らし、ぽっこり張りだしたイカ腹の肌色を見せつけるみたいに曝してくる。


 その得意げな姿を横目で一瞬だけチラ見して、またすぐに目を逸らして、天を仰いだ。


 ――眩しいなぁ。


 空の青さと陽射しの白に目を細める。


 日本人はよく奥ゆかしさと卑屈さを取り違えて、自分を卑下することで安心しようとする。自分を低く見積もって、出来なくても、やらなくても、しょうがないよねって保険をかける。

 だから、そこから外れようとする奴を敵視する。自分ができない理由が、やってない理由が、揺らいでしまうから。いつも不安で、みんなの反応ばかり気にしてしまう……。


 だけど、こんなにいい陽気なんだ。こんな日ぐらい、周りの目なんて気にせず、恥も外聞も脱ぎ捨てて、自分を開放するべきなんだろう。


 それを、こんなにも小さな少女に、見せつけられた。


 あぁ、凄くいい話。これぞ陽キャ。世界平和はここから始まる。感動のあまり泣けそうだよ。



 ……でも。やっぱり僕はさ――服は、脱ぎ捨ててほしくなかったよ。



 どれだけ逃避しても、目に映る現実は変わらなかった。


 見渡す限り、視界一杯の全裸。……そう全裸だ。

 目の前の少女ロリだけじゃない。僕を囲んでいる奴ら全員――


 少女ロリの背後で、赤髪ロングの洋風美女が前屈みになって胸の下で腕を組み、推定Jカップの巨乳を寄せて上げて見せつける。その隣では、ネイビーブルーの髪の褐色細マッチョが頭の後ろで手を組み、セクシーな泣き黒子にウィンクを添えてアドミラルアンドサイ。


 あっちを見ても肌色、こっちを見ても肌色。街はに犯し尽くされていた。


 むごい、あまりに惨い。惨過ぎる。

 バイオでだってこんな惨状は見たことないよ。


 すべての人間は生まれながらに自由ってそういうことじゃないだろ。絶対にお前らは自由を履き違えてる! ……いや履いてないんだけどね。


 まぁ、実際のところは全裸じゃなくて、全裸にしか見えないピッチピチのボディスーツを着ているのは聞いてるから知ってはいる。だけど肉眼じゃ着てるかどうか分からない極薄さだ。


 股間は同人誌の白抜きみたいにのっぺりしてるけど、胸のぽっちは隠してないどころか色も形もしっかりくっきり浮かんでる。スーツ開発計画の中枢にオカモトがいたのは間違いない。


 ここまでくれば、たとえ服を着ていたとしても全裸と変わりない。見えなきゃ一緒なのは、どっかの王様が我が身を顧みずに証明済みだから、こいつら全員、相対的全裸だ。


 何が言いたいのかといえば――日本人HENTAIを舐めるなよ。


 白抜き、モザイク、刻み海苔。どれだけ隠されていようと、その程度で僕たちの脳内補完は揺るがない。見た瞬間、脊髄反射で無修正さ!


「大丈夫。初めては怖いけど、ここにいるみ~んな、それを乗り越えてるんだから。もし失敗しちゃっても誰も笑ったりしないよ!」


 ――ただし少女ロリ、テメーはダメだ。


 両手で小さくガッツポーズをしながら笑顔で励ましてくる少女ロリを、空を睨んだまま目をカッと見開いて威嚇する。


 一カ所たりとも大丈夫な所がないのよ。外見だけとはいえ、男子としてはかなり低い150センチちょっとの僕よりも、さらに頭一つ分小さい(たぶん135センチくらいの)少女ロリな奴まで全裸って……それはもう社会に対する反逆で、僕に対する挑戦だ。


 この街にいる人間が全員成人済みで、自分の意志でその姿を曝してるとか、そんなのは問題じゃない。

 問題なのは――男なのに小っちゃ可愛いっていう僕のアドがなくなるってとこだ! ついでで僕は何も悪くないのに罪悪感で死にそうなこと。


 完璧なのは見た目だけ。こいつは似非少女ロリ、こいつは似非少女ロリ


 元々虫の息だった倫理観に止めを刺して楽にしてやっていると、少女ロリが見た目に似合わない包容力のある微笑みを浮かべて、手を差し伸べてきた。


「ねぇ、あなたが望んだあなたの姿を、わたしたちに見せてよ!」


 善人面で、なんかそれっぽくてイイこと言ってる風のセリフを吐く少女ロリ

 僕の葛藤なんて、これっぽっちも気にしてないどころか気づきもしない。


 僕と彼女とでは常識が違い過ぎるんだ。だから思考も嚙み合わない。


 あぁ、いっそここがトロントのパレード会場なら、僕だって頭のハジケた奴らがいるな程度にしか思わないのに……。もしくはラスベガスなら、額に鉛玉を食らって頭がハジケた奴らなんだなって、手を合わせる用意すらあるのに……。


 でも、非常に残念で、信じがたいけど……ここは日本らしい。

 その事実が、涙が出るほど悲しかった。


「え? ……えぇ!? な、なんで急に泣いてっ!? あの、あの、えっと……だ、大丈夫?」


 あぁ。僕の愛した祖国、HENTAIの国、日本にっぽんはどこに行ってしまったんだろう……あれ? もしかして順当な進化なのでは?


 いやいや、納得してどうする! ここで僕が折れたら、あの侘びと寂びに恥じらいを足して、フェチと萌えで飾りつけた、僕たちの『黄金の国ジパング』は永遠に消えてしまうんだぞ!?

 そうだよ。僕たちの日本はこんな程度もんじゃない!

 こんな、何もかも曝けだせばエロいなんて、底の浅い考えで終わってしまうような、そんな信念も情熱もない、反知性主義の発想貧困国でいい訳がない。


「なんで応えてこれないの? ね、ねぇ! お話ししようよぉ。……うぅ、なんで? なんで、さっきから黙ってるの? ひっ、ぐすっ、お願いだからぁ、うぅ、お願いだから無視だけは、止めてよぉ! ……ぼくってぇ、そんなに駄目かなぁ?」


 なぜか少女ロリが絶望しきった顔で泣きだしてるけど、そんなことはどうでもいい。


 ――思いだすんだ。先進国の誇りを。


 僕が今やるべきこと。

 ひるがえるスカートの裾にしか見ることのできない、大いなる神秘があるってこと。


 僕たちはいつだって、それをネットの海で探していたじゃないか――。



 ***


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