4
明日からはもう隣の席に幽霊は座らない。
そう言われてもわたしにはあまり実感が湧かなかった。隣に誰かが座ることより、ずっと忘れてしまっていた彼との約束を思い出したことの方が心の衝撃が強く、その日は夢の中でも光朗と出会い、その約束の場面が何度も再生された。
わたしは寝不足な目を擦り、アパートを出る。
空を見ると昨日とは違って薄曇りで暗く、風がやや冷たかった。
バス停までやってくると、会社員や学生の列ができていて、わたしはその一番最後尾に並ぶ。一列だったから自分の隣に誰かが来る、ということはなかったけれど、それでも昨日言われたことが気に掛かり、人が来る度に何度も自分の右側を気にしてしまった。
バスがやってくると、わたしは背の高いクリーム色のロングコートの背中に続いて乗り込んだ。
相変わらず狭い車内に人がわんさか入ってくるけれど、なんとか座れた、と思ったわたしの隣にロングコートのマスクをした男性が腰を下ろした。剣城のスーツではない。胸の隙間から見えるのは普通のボーダーシャツだ。
それを目にして、ああ本当にもう自分の隣に彼は座っていないのだな、と思うと、また泣いてしまいそうになる。
一瞬体が揺すられて、バスが動き出す。車内には今日もご乗車ありがとうございます等と機械的なアナウンスが流れた。車窓からは毎朝変わらない通勤の車や自転車、歩行者の様子が見られ、他の人たちにとっては何も昨日と変わらない日々が今日も繰り返されているだけなのに、わたしだけが今日から新しい一日を始めているのだなと思えて、感傷に浸ってしまう。
と、何だろう。右側の脇腹だった。
最初は隣の人にぶつかったのだ、としか思わなかった。
けれど、熱い。
脇に触れてみるとべったりと赤いものが付着した。
「え。嘘……」
急激に思考は温度を失い、わたしはそのまま席から崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます