ブラック企業を辞めたら悪の組織の癒やし係になりました~命の危機も感じるけど私は元気にやっています!!~

ことはゆう(元藤咲一弥)

自棄の辞職に、泥酔の就職~新しい職場は命がけ⁈~




『昨日もドラゴンファングによる襲撃事件が相次ぎました、銀行、美術館、企業、宗教施設、ドラゴンファングの目的は何なのでしょうか?』

「……」


──あーあ、いっそ弊社……基ブラック企業も壊してくんねぇかなぁ……──


 目の下にファンデーションでも消せない程の濃いクマをつけた小柄で、黒髪に色白の茶色の目の女性が始発の電車に乗りながら電車のニュースを聞いていた。


 そして会社に出社すると、タイムカードを規定時間になるまで押さず、他の会社員と共に死人のような顔で働き始めた。



美咲みさき君、これ今日中にやれよ」

「美咲君プリンターが詰まった、どうにかしてくれ」

「美咲君、お茶」

「美咲君、代わりにこれやってくれ」

「美咲君、つぎの会議だが」

「美咲君、レポートはどうした」

「美咲君」


 プツン


 女性の、美咲の堪忍袋の緒がキレた。

「だー‼ もうやってられるか‼」

 美咲は机から封筒を取り出し、上司の机に叩き付ける。

 封筒には辞表の二文字。

「もう辞めます! やってられるか‼」

 女性は後片付けを始めて会社を後にした。

 勿論引き継ぎなんてせず。

 スマホの電話が鳴るのも気にせずに、女性は夜の町を歩いて行った。





「残業代もでねぇ、終電で帰れない日もある、休日出勤当然、そんなのやってられるか‼」


 美咲はご褒美の時や、会社の仲間を励ますときに来るバーで一人飲んだくれていた。


「ドラゴンファングが弊社潰してくれないかなぁ……マジで」


 据わった目でカクテルを飲み干す。


「美咲ちゃん、飲み過ぎだよ」


 バーのマスターがお冷やを出すと女性美咲は、お冷やを飲み干した。


「今のご時世やってらんない、どこかいい就職先ないかなぁ」

「難しいねぇ」

 ひっくひっくと酔っ払った美咲に、バーのマスターは困ったように言う。


「あるぞ」


 そこへ一人の美丈夫が入ってきた。

 黒い長い髪に、赤い目、色白の肌、黒いシャツとズボンの美しい男だった。


 何度かこのバーで見かけたことのある美丈夫だった、話したことは今まで一度も無いが。


 美咲は一瞬見惚れるも、ぐでーっとなり、カクテルを注文し、再び飲み始める。


「タイムカードわぁ?」

「働いた分だけ押していい」

「残業代わぁ?」

「出る」

「お給料わぁ?」

「60万から君の働きで上がる」

「福利厚生わぁ?」

「医療機関と合同になってる為問題ない」

「休日出勤わぁ?」

「休日は指定制度だ、指定してくれた日は休日にする」

「日数わぁ?」

「120日、だが病気の場合は医療日として制限なしで休める。冠婚葬祭も同様」

「……退職手当わぁ……」

「雇ってくだしゃい!」

 美咲は男の手を掴んでそのまま、すやすやと寝てしまった。

「あ、あーあ寝ちゃった」

「彼女は責任を持って送ります」

「お兄さん、さっきの話は……」

「本当ですよ、彼女には働いて貰うので」

「マジですか……」

 男は美咲を背負いそのまま店を後にした。





「運転免許証があるな」

 人気の無い所に行くと、男は黒い影達に美咲の運転免許証と鍵らしきものを渡す。

「荷物を全て傷つけずに組織に運べ、親族を名乗ってマンション解約の手続きを済ませろ、いいな」

 影達は頷き、散っていった。

 男はすぅすぅと眠る酒臭い美咲を見て、わずかに笑い、その場を後にした。





「……ったぁ……」

 翌日、美咲はベッドの上で目を覚ました。

 キョロキョロと周囲を見渡すと、何か違和感があった。

 窓が小さくカーテンで全て隠れてしまっている。

 ゲーム機などの配置が異なる。

「あれぇ?」

 取りあえず、冷蔵庫にあるミネラルウォーターのボトルからコップに水を注ぎ、水を飲み干す。

 電話の着信履歴を見たら11時まではずっと履歴が続いていたのに、11時を境にぷつりと途切れていたのだ。

 取りあえず、会社に辞職が通ったと判断し、美咲は私服に着替えて扉の向こうへと行く。

「ふへ?」

 そこはATM以外何も置かれてない部屋だった。

「ここ、何処?」

 キョロキョロとしてから、ガラスの向こう側に何かいると目をこらすと、世間でヴィランと呼ばれている人物達が張り付いていた。


「ひぃ⁈」


 美咲はその場に尻餅をついた。

 逃げようにも逃げ場がないことに気づき、焦る。


 すると扉が開き、仮面を被った黒衣の背の高い男が入ってきた。

「目覚めたか、美咲」

 何処か聞き覚えのある声だった。

「な、なんで私の名前を……⁇」

「マスターにそう呼ばれていたのを聞いてな」

 男は仮面を外す。

「あ……昨日の……確か」

 泥酔しきっていたが、美咲は覚えていた。

「そう、君をスカウトした者だ。改めて名乗ろう、私は黒炎こくえん。ドラゴンファングの幹部だ」

「ど、ドラゴンファング⁈」

 美咲は声を上げる。

 それはヴィランと呼ばれる集団の組織名だった。

 ニュースでも話題になっていた。


「わ、私に何をさせようと……」

「癒やし係」

「はい?」

「癒やし係だ」

 美咲は耳を疑った。

「あの、それはどういう……」

「精神を疲労してくるヴィラン達を癒やす、性的な行為や暴力的な行為は一切禁じた、癒やしの行為で君にはヴィラン達を癒やして貰う」

「あの、もっと具体的に」

「子どものお守りといえばいいか、共に遊んだり、膝枕したり、撫でたり、そういう感じで頼む」

「……」

「給料と預金はいつでもそこのATMで確認できるようにしている」

「……」

「何か質問は?」

「う、」

「う?」

「嘘でしょー‼⁈」


 美咲は声を上げた。

 まさか再就職先がこんなとんでもない場所だなんて思ってもいなかったのだ。

 しかも酔っ払ったのをそのまま受け止められて採用されたなんて。


 今まで、ブラック企業の所為でお先真っ暗だった美咲の人生は、ここで更に混迷極まるものとなった──






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