輝かしい景色

工事帽

輝かしい景色

「大したことないな」


 眼下に広がる景色を見ながら、そうつぶやく。

 山頂に立って見る景色。山の麓には街が広がり、その向こうには海が見える。悪くない景色だ。でも特別な景色ではない。

 山の麓の街並みなんて、よっぽどの田舎でもない限り普通にあるし、その向こうに海が見える山だって少なくない。そういう意味では、ごく普通の景色だ。もしかしたら街並みの中には特別な形の建物や、珍しい外観のお店があるのかも知れないが、ここまで離れると一つ一つを識別することも出来ない。「街並み」の一言終わる景色だ。


「帰るか」


 事の発端は十日近く前だった。

 知り合いが、この山頂の景色を見るのだと、大きな荷物を抱えて出かけていった。その知り合いが言うには「すごい景色」があるのだと。徒歩で出かけていった。

 ただの景色のために、何日も歩くなんて馬鹿馬鹿しい。


 ただ、段々とそれが気になってきた。

 その知り合いは、時折、道端の風景や通りかかった街の景色をSNSにアップしながら歩いてた。

 見たことはないが見覚えのある景色。

 それは普通の景色で一括りにされる程度のものだ。

 それなのに、景色と共に投稿されるコメントは楽しそうだった。


 無駄なことだ。

 その知り合いが行こうとしている場所は、新幹線とローカル線を乗り継いでいけばほんの3時間ほどの距離だ。それなのに十日以上かけて歩いて行くのは無駄なことだ。時間も、お金も。

 それなのに楽しそうな投稿が気になって、追い越す形で乗り込んでみた。それも無駄なことだったが。

 ロープウェイで山を下り、ローカル線で新幹線の駅へ。無駄にした休日はコンビニの弁当で終わりを迎えた。


 数日後、SNSには満面の笑みを浮かべた知り合いが、山頂で日の出をバックにした写真をアップしていた。

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