翌日、修道院長の語り――《導き手にして保護者なる聖ドニ》




 若年王ルイ7世陛下、どうなさいましたか。

 は?

 お父上であるルイ6世国王陛下が出会ったころのわたしを好きになれなかったとおっしゃったのですか。

 まあそうでしょうなあ。べつにそのくらいことでいちいち愕いたり懼れたりはいたしませんよ、あの御方とは、それこそ言葉に尽くせぬほどのお付き合いでございますから。つまりですな、恐れ多くもこうした不遜な物言いが許される間柄だということです。

 父王陛下からこれを? 走り書きのようですが……



 戦争王と呼ばれる余と違い、息子ルイ7世は師であるそなたの「本音」を生きているようで危ぶんでいる。我らが出会った日のはなしをしてやってくれ。



 若年王ルイ陛下、あなたさまはこれをお読みになられましたか。

 お読みではない。然様ですか……。

 弱りましたな。あの件について一生口をつぐむべきと考えておりましたのに。しかし、我が君のお望みとあらば何をおいてもお話しすべきでしょうが、それをほんとうに口にしてよいものやら……。

 それはそれとして、お父上様からの御指示について端的にお伝えいたしますれば、カペー朝の因襲にならい共同王になられたあなたさまのご将来を慮ったうえでのご命令でございました。

 ご存じのように、わたしがお父上様に初めてお会いしたのは、ちょうど今のあなたさまと同じ年齢です。わたしと同い年でありながらお父上様はそのころからすでに丈高く、容貌麗しく、まさに騎士の中の騎士と呼ぶに相応しい御方でありました。騎士としての修養はいうに及ばず、学業のほうもご立派にお納めでございました。その生まれの高貴さゆえに、はたまた晴れ晴れしい御気性のゆえでしょうか、いささか単純なものの見方をなさるようなところもお見受けいたしましたが、それはそれで王太子殿下らしく天晴なご様子で学友はじめそこに居るものみなに尊敬されていらっしゃいました。これは追従でもなんでもなく、ほんとうに心からそう感じたものでございます。

 わたしのように生まれも低いうえに卑小な肉体に生まれつき、おしゃべりで落ち着きのない者にはおいそれと近づけるような方ではございませんでした。正直に申しますれば、あの御方のあたりを払う威厳の輝かしさに気後れしておりました。

 そんなわけで、世間の噂とちがい、わたしは陛下とお近づきになりたいと願ってはおりませんでした。そのころのわたしには、聖ドニ修道院を「王国の頭」とする理念を未だ確固たるものとしてはおりませんでしたし、王国と法についてもまた無知であったのです。

 わたしの貴い教え子であるあなたさまのお耳に入ることは少ないかと思いますが、わたしが自身の栄誉栄達のために、この修道院での若き日のご縁をもって陛下へ阿ってその政治顧問の地位についたと噂するひとびとも大勢いるのです。そう思われるのはわたしの不徳の致すところではありますが、事実ではありません。

 それに加えて、わたしはあの御方にけっして知られてはならないことをお話ししてしまいましたし、またそれゆえに申し訳の立たぬ気持ちもあり、出来得るかぎり遠ざかりたいと考えたものでした。

 そうは申しましてもこの修道院と王家のご縁はあまりにも深く、わたしは陛下の御姿を拝するようになりました。ご承知のとおり、再会した我々は、おのれの利益ばかりを優先し我が物顔で振る舞う諸侯たちを裁判によって従わせ、王国に仇なす逆臣どもを打ち倒さんと共に力を合わせて戦ったのでございます。戦場という場で、ようやくにしてわたしたちは腹の底をわって話し合ったように思います。お互い、まだ30歳になりませんでした。それから52歳になる今に至るまで、《導き手にして保護者なる聖ドニ》の下で国王陛下もわたしも、この王国を守るために戦い続けています。

 え?

 知られてはならないこととは何か、ですか。

 そうですな、それについては、いつかあなたさまがご結婚なさるときにでもお話しいたしましょう。お父上様にはわたしのほうからお便りをさしあげてご寛恕を乞うことにいたします。ご心配めされますな。

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