第19話:怪我人/同行者
マルトエスの希望を叶えて、避難区を蟹男は目指していた。
避難区は地図アプリに表示されており、その町の特徴などが分かりやすく書かれている。
ーー東京東区は比較的ダンジョンが少なく、気候は通年を通して過ごしやすい[☆5]
ーー東京西区はダンジョンが多く、気候が安定しない。 冒険者におすすめ[☆3]
ーー千葉区はダンジョンの影響により氷に覆われており、人が住める環境ではない[☆1]
星は住みやすさを総合的に評価しているらしい。
蟹男としては一番近く、評価の高い東に行きたかったが、アリスたちと別れたーー厳重な警戒をしていたーー時の記憶があったため候補から外した。
ーー東京南区は湖に囲われた常夏の街。 商売が発展しており活気があり、唯一入場に審査がない。 しかしその分、治安は悪い。
治安の悪さがどの程度か分からないが、どう見ても日本人ではない二人、特に獣人のミクロを連れて行くので、審査がないこは最大のメリットだ。
彼女の耳は以前ならコスプレで通せただろうが、今となっては先にモンスターが思い浮かんでしまうだろう。 余計な揉めごとは避けたかった。
「さてまだ出発したばかりなわけだけど」
蟹男は物陰から様子を伺いながらため息を吐いた。
「おい、死ぬな!」
「やべえ血が止まんねえ」
倒れている一人を囲んで二人が悲痛に叫んでいる。
先ほど、ミクロが見ていた動画に映っていた三人組に見えるが、遠目だから確証はない。
「無視しますか?」
「いや、さすがに見過ごすのは気分が悪い。 助力して情報を手に入れたい」
「情報……承知いたしました」
マルトエスが蟹男の手に持っているスマホを見ながら、生暖かい視線で頷いた。
「おーい、大丈夫かー?」
蟹男はアイテムボックスから液体の入った小瓶を取り出して、彼らの方へと向かった。
***
世界が変わって半年、ニートだった男は再起を掛けて自分を鍛え上げ、そしてモンスターと戦った。
徴兵制がなくなって、冒険者ギルドができて、世の中では様々な動きがありつつ社会は安定し始めていた。
そして友人に誘われ始めた動画配信。
モンスターを討伐する様子を映す題して『モンスター討伐チャンネル』はそこそこバズった。
視聴者から寄せられる称賛のコメントに男は舞い上がりーーいや思い上がっていた。
自分が強く、どんなモンスターであろうと、ドラゴンであろうと勝てるのだと。
その結果、仲間の一人が男の腕の中で血を流している。 浅そうな呼吸はいやでも死を予感させた。
「待ってくれよ……お前がいなかったら俺たちどうすんだよ……」
傷口に必死で布をあてがうけれど、赤色は止めどなく流れて行く。
「ダメだ、救援も連絡つかない」
「俺のせいだ。 俺が『次はドラゴンだ!』なんて言ったから」
「今は言っても仕方ないだろう!?」
今はダンジョン時代なんて呼ばれているけれど、ダンジョン産の魔法薬は希少で手に入らない。 その上、ほとんどの人が職業を戦闘系に就いたため、治癒師は少なかった。
だからこんな未開拓地区で、誰かが助けてくれるなんて奇跡はきっと起きない。
それでも男は叫ばずにいられなかった。
「誰か! 誰か助けてください! 仲間がーー」
「おーい、大丈夫かー?」
緊張感のない声がどこからか聞こえてきた。
※※※
「「「ありがとうございました!!」」」
三人の青年に頭を下げられた蟹男は、照れくさそうに頭をかいた。
「いいからいいから、ただのポーションだろ?」
「やっぱりポーションだったんだ」
「すんません、そんな貴重なものを俺のせいで」
「いやいやそんな気にしなくていいから」
小瓶の液体を振りかけられた男の怪我は無事完治した。
ポーションと蟹男が口にすると、三人の青年たちが動揺し始める。 その小瓶はマーケットで購入した中級ポーションであった。 安くはないが高くもないといった価格で、現在資金的に潤っている蟹男にとって大した金額ではない。
それに日本でもダンジョン産のポーションが出回っていると、ネットに書かれていたのでそこまで恐縮されると、逆に蟹男は困った。
「何をしている?!」
蟹男は目の前で服を脱ぎ始めた青年の一人に思わずツッコんでしまう。
「体で返します」
「いらんわ!」
「じゃあどうやって報いたらいいんでしょう?」
「だから気にしなくていいよ?」
「無理無理無理ですって……」
「えぇ……?」
悪い奴らでないことは分かってきた。 しかしアホだ、と蟹男はため息を吐いた。
「分かったよ。 なら情報が欲しい」
「情報?」
「うん、実は」
蟹男は青年たちに、自身が避難区の外で暮らしていること、これから東京南区へ向かうなどと事情を話した。
「だからもし気を付けることとか、ここは行っとけみたいな場所があれば教えて欲しい」
「ちなみに何しに行くんですか」
「観光?」
「観光ですか……分かりました。 この鮫島大五郎が観光ガイドをお引き受けしましょう」
「いや、ガイドまではいらないんだけど」
「さあ、行きますよ」
やたら押しの強い青年の勢いに圧倒されたまま、街までの旅に動画配信者の三人が急遽加わることとなったのだった。
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