第14話:勧誘/勇者のスキル
「まず俺の仲間を紹介したい。 呼んでいいか?」
「ええ」
「二人とも出てきてくれ」
ミクロとマルトエスが物陰から姿を現すと、アリスたちは驚いて目を見開いた。
「外人さんかしら?」
「ああ、日本人じゃない」
「それにその耳はコスプレ……じゃないみたいね」
ぴくぴくと動くミクロの耳はどう見ても人工物には見えない。
「ああ、彼女は獣人なんだ」
「そういう職業もあるのね……」
アリスが勝手に獣人=職業と納得してくれたので、蟹男はこれ幸いと頷いておく。
「君たちは良くここに来るの?」
「ええ、いつもここで食糧を調達しているの。 名乗りもせずごめんなさい、私は加賀アリス。 よろしく」
「俺は山河蟹男。 こちらこそよろしく」
名乗ったところで蟹男とアリスは色々と情報交換をした。
近くに他の穴場はあるかーー
「商店街に一度行ったのだけど、すでに取り尽くされていて」
「……ごめん、それ犯人俺だ」
「あの辺りはモンスターが結構うろついていて危険じゃなかった?」
「私が主を守るから大丈夫!」
「主……?」
危険な場所はあるかーー
「スーパー銭湯の方は行かない方がいいわよ」
「どうして? モンスターが群れて住み着いてたり?」
「いえ、ドラゴンがいたの」
「ドラゴンってあのドラゴン?」
「そう、あのドラゴン」
ホームセンター駐車場のヘリコプターについてーー
「そっか、彼は亡くなったのか」
「ええ」
お互いのコミュニティについてや、アリスは避難区の知り合いと連絡を取っているため社会がどんな様子なのかなどリアルな情報を蟹男は仕入れることが出来て、思いのほか満足だった。
「まあこんなもんかな? お互い頑張ろう」
「ええ……あの一つお願いがあるのだけど」
蟹男は話は終わったと、会話を締めようとするがアリスが言いずらそうに口ごもった。 するとずっと後ろでうずうずしていた女性が前に出てくる。
「あの! 私、由良舞々と申します~。 少しよろしいですか?」
「はあ」
「私、実はファンタジー小説が大好きでして~もし、もしよろしければ彼女の耳を触らせていただけませんか?」
由良の視線はミクロに釘付けだ。
初対面の人の頭を撫でたいなんて、セクハラ以外の何物でもない。 けれどそれは蟹男の感覚であって、本人さえよければ構わなかった。
「いいよ~」
「わあ、ありがとうございますありがとうございます」
見た目はたれ目で母性の溢れる女性だが、彼女は相当のオタクであるようで光悦とした表情でミクロの頭を撫でている。
「それで何か言いかけてたけど」
「……はあ、いえなんでもないわ。 大丈夫、気にしないで」
アリスは憂鬱そうなため息を吐いて、疲れたように笑った。
それがどんな意味か蟹男には分からないけれど、本人が大丈夫というなら大丈夫なんだろう。
「……主様は女心が分かっていませんね」
「大丈夫そうには見えないけど、下手に首を突っ込む方が迷惑にもなるかもしれないだろう?」
「……そういう教科書も作っておこうかしら」
マルトエスには呆れたように言われた蟹男は、少し考えてーーご飯を振る舞うことにした。
「俺たちはここでご飯にするけど、一緒にどう?」
「それはどういう……?」
「美味しいものを食べれば元気になるから!」
「そう……」
「主様……」
アリスとマルトエス二人の残念なものを見るような視線から逃げるように、蟹男は料理の準備をするのだった。
「保存食じゃないお肉なんて久しぶりですね~」
「お腹すいた。 はやく、はやく!」
舞々に撫でられるミクロは蟹男が焼いているモンスター肉に釘付けだ。
フライパンの上でじゅうじゅうと肉汁がはじけ、分厚い肉を返すと程よく焦げ目がついて完璧な仕上がり。 ここ最近、肉好きミクロのために毎日のように肉を焼ていたせいか、蟹男の料理スキルが焼くことに関してだけはやたら向上していた。
「こっちはそろそろ良いかと」
「こっちはもう少しでできるわ」
パックご飯を鍋で温めていたマルトエスが報告して、蟹男のために皿などを準備していく。 ドライ野菜を使ったスープを作っていたアリスは真剣な表情で火加減を見ている。
「よし、できた。 簡単だけど」
モンスターの厚切りステーキとご飯と野菜のコンソメスープが完成した。
携帯はまだ使えるものの、食事は重要な娯楽の一つとなっているので、蟹男は以前よりも凝るようになっていたのだ。
「「「「いただきます」」」」
「悪魔的だ……」
ずっと無言だった男がいち早く肉にかぶりついて呟いた。
「カルロスがしゃべった?!」
「ところでカルロスって本名なの?」
「……いや偽名だ」
「ええ?! そうだったの!?」
蟹男がふと気になって尋ねると、カルロスは少し言いずらそうに呟いた。
少年、結城は初めて知ったらしく大げさに驚く。
「はあ、ホントに美味しい。 肉なんて店にあるのは腐ってるはず……何のお肉かは聞かないでおくわ」
「そうすることをオススメするよ」
アリスはその肉が何由来のものであるか察しがついているようで、蟹男は賢明な判断だと苦笑いした。
「はー、なんか馬鹿らしくなってきた」
「なにが?」
「山河さん、もし良ければうちに来ない?」
食事を終えるとアリスが満足げなため息を吐いて、蟹男に笑いかけた。
「いや、悪いけど」
「うん、断られるって分かってた」
「じゃあなんで……?」
少し憂いた表情を見せるアリスが、蟹男にはひどく助けを求める迷子のように見えた。
「最近ちょっと色々上手くいってなくて……三人が来てくれたら心強いから、かな?」
「そっか、ごめん」
「全然いいよ! ただ気が変わったらいつでも来てね! 場所は○○高校だから」
「あーあそこか。 うん、気が向いたらで良ければ」
「うん、じゃあよろしくの握手!」
アリスに無理やり手を握られた蟹男はドギマギしてしまうが、思ったより握る力が強かったため諦めれて握られ続けた。
「じゃあ、そろそろ俺たちは行くよ」
「分かった。 じゃあ私たちもーー」
和やかなまま解散しる流れとなるはずだった。
しかしアリスの言葉を遮って、突然結城が立ち上がる。
「藍……?」
「どうしたの、結城くん?」
アリスが不思議そうに尋ねるが、彼は焦った様子で武器として持ち歩いていた鉄の棒を腰に括り付けた。
「勇者のスキルに助けを呼ぶ声が聞こえるスキルがあって、藍の声が聞えたんです。 とにかく俺、助けに行ってきます」
結城の職業は勇者だということが判明した。
蟹男は勇者にぴったりのスキルだと感じつつも、勇者の武器が鉄の棒なんて似合わないなどとどうでも良いことを思いながら事態を傍観していた。
「結城くん、落ち着いて」
「一人じゃ危ないよっ。 私たちも一緒にっ」
「……すみません。 勇者の僕にみなさんのスピードではついてこれないので」
結城はそう言って仲間の言葉を拒絶した。
我儘で、無謀で、効率が悪い行動だ。 しかし熱い、と蟹男は思った。 同時に彼が羨ましくも思えた。
(もしも俺がもう少し若ければ、あんな風になれたのかなあ)
蟹男に誰かを助けたいとか、世界を救いたいなんて強い感情はない。
自身が彼の立場だったとしてもリスクと効率を考えて、仲間と共に向かうだろう。 だから過去の自分が憧れた主人公像を体現している彼が蟹男には眩しく、そして好ましかった。
「結城くん、これ貸してあげるよ」
「これは……剣? なんでこんなもの持ってるんですか?!」
「そんなことはいい。 時間がないんだろう」
「はい! 行ってきます!」
結城は素直にそう言って、踏み込んで、衝撃波を残して走っていった。
「主様、良かったのですか?」
あの剣はマーケットで購入した異世界の産物だ。 一応蟹男の護身用のために買った物で、魔法的効果もついた優れものだった。
それを人に貸すということは、それを狙った者が現れるかもしれないし、どこで手に入れただとかしつこく聞いてくるものもいるかもしれない。 そんな面倒を嫌っている蟹男が、どうして、とマルトエスは疑問だった。
「別に俺らは敵じゃないし。 気分だよ、ちょっと熱くなっただけ」
「はあ」
「まあロマンってやつさ」
「またロマンですか……理解できませんが主様が良いなら言うことはありません」
結城の向かう先にどんな困難が待ち受けているかなんて分からない。
蟹男が自ら助けようとも思わない。
けれどまた元気な彼に会えたら、彼からどんな話が聞けるだろうかと蟹男は再会を楽しみに思うのだった。
「頑張れ、
一章終
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ここで一度区切りとさせていただきます。
閑話を数話挟んで、二章を投稿していく予定です。
たくさんの応援、評価、フォローありがとうございます。
引き続き楽しんでいただけるよう、執筆していきますのでよろしくお願いいたします。
最後に、もしよろしければ小説トップページ下部の⊕から評価、またはレビューを書いていただけますと大変嬉しいです。
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