第12話:二週間後/分裂


 ダンジョンができてから二週間経った。

 蟹男は現在、拠点である扉の向こうにある家で肉を焼いていた。


「できたよー」

「マル呼んでくる!」

「頼んだ」


 二階で書き物をしているマルトエスの元へ向かうミクロの後ろ姿を見ながら、蟹男はかつての日常に近い生活を取り戻したことを実感する。


 キッチンや家具などは備え付けのものだ。


 しかし水が出るのも、トイレなどの下水も、コンロも魔道具によって成り立っている。


 食材は缶詰の残りとマーケットで買っているが、肉は基本倒したモンスターを解体して食べている。


 マーケットに並ぶ店はその時々に品揃えが全く変わるため、以前のスーパーやコンビニのように当たり前に欲しい食品があるとは限らないのだ。


「お待たせしました」

「早く食べよう!」

「分かったから落ち着け」


 三人もかなり打ち解けて、蟹男としてはこのままの暮らしが続けばいいと願っていた。

 しかしマルトエスとの契約が終わるまで、残り二週間。


「どう? 結構進んだ?」

「ええ、おかげさまで」

「今は何を書いてるんだっけ?」

「魔法使いへの道、初級編を書き終えて、今は中級編に入りました」


 蟹男は残りの時間でマルトエスから必要な知識を学ぶことは不可能と判断した。 覚えておけるほど頭も良くないし。


 というわけで、マルトエスには手書きのメモを残してもらうことにしたのだ。


 しかし出来上がったものはまるで本のようになっており、その完成度は図書館に並んでいても可笑しくないレベルであった。


「今日は何するのー?」


 ミクロはまた少しだけ年を重ねたものの、性格は変わらない。 体を動かすことが大好きで、食欲旺盛、とにかく元気。


 全く変わってしまった世界を生きる蟹男にとって、彼女は癒しになっていた。


「今日はホームセンターに行きたい」

「ふーん」

「モンスターが出たら戦闘は頼むな」

「うん! 任せてー!」


 第二拠点はスローライフ系のシュミレーションゲームをベースに創られているので、すでに畑や牧場が在る。 しかし完全にゲームと同じではなく、種や家畜は用意されていないので現状蟹男はそれらを持て余している状態なのだ。


 精神面にも少し余裕が出ていたので、蟹男は生活のさらなる充実を目指していくのだった。





「なんかこの辺すごいな」


 ホームセンターへ向かう道中、他の場所もモンスターによってかそれなりに荒れていることはあるが、この辺りは特にひどかった。


 建物は崩れていたり、燃えていたり、まるで怪獣決戦の跡のようだ。


「強い敵いるかなー?」

「やめてくれよ……まあ俺以外にも人がいて、魔法を打ちまくったとか」

「とにかく気を付けて進みましょう」


 途中何度か戦闘を挟みながら、特にトラブルなく目的地へ三人はたどり着いた。


「何があったんだよ、一体……」


 ホームセンターの広い駐車場、そのど真ん中に損壊したヘリコプターが一基あった。


「これは自動車の類ですか?」

「うん、空の移動手段だよ」

「へーすごーい。 まだ動く?」

「ということは操縦者がいるのでは?」


 絶句していた蟹男はマルトエスの言葉で、我に返ってヘリの中を恐る恐る確認した。


 多少の血痕はあったものの、死体がなかったのでひとまず蟹男は安堵した。


「予定を消化しつつ、操縦者を探そう」


 蟹男はそう言ってホームセンターの店内へ向かった。

 やみくもに探しても見つけるのは大変だし、そもそも懸命になる理由も蟹男にはなかった。 ただ見つかれば運が良かったねと、手助けをするだけだ。 彼は基本的に優しい人間ではあるが、ヒロイズム的な思考は全く持ち合わせていなかった。


***


「助けられなかった……っ」


 校庭の木の下を囲む結城たちの空気は沈んでいる。


 どこからか現れた大けがを負った隊服の男は、治癒師である藍の治療の甲斐なく昨日息を引き取った。


「藍……」


 二週間前よりもどこか精悍な印象になった結城は、自分を責める藍にかける言葉が見つからなかった。


「舞花さんはよくやったよ。 君のおかげできっと苦しまずに逝けたと思うから」

「……はい」


 アリスはそう言って彼女を抱きしめた。


 結城たちがアリスたちと合流してから十数日。

 彼らにも色々あった。


 食料の備蓄がに荒らされてしまったり、避難者同士が些細なことで大きなケンカに発展したり、アリス派と柳派に派閥が分裂したり。 隊服の彼以外に死人や怪我人が出ていないことは幸いだったが、それ以外は悪い出来事ばかりが起きた。


「柳くん、食料についてだけど」

「その件なら話がついているはずでしょう。 加賀先輩は探索、私は拠点の防衛。 お互い得意なことを生かして支え合う。 これが生きるために最も良い方法だと」


 食料や生活必需品は探索によって手に入れている状態だ。

 しかし柳は心的要因を理由に探索への参加を拒否していた。


 もちろん彼の取り巻きも同じだが、そうではない中立の人たちまで危険を犯したくないが故に柳に付き従う者が増えてしまったのだ。


「お外こわーい」


 柳の取り巻きがそう言ってゲラゲラと笑った。


「……っ、柳くん。 怖いのは仕方ない。 尊重してあげたい、でも私たち六人だけじゃ物理的にこの人数の物資を確保するのは困難になってきているわ。 お願い、協力して」

「自分の無能さで人に迷惑をかけないでください。 それにまだまだやれることがあるでしょう? あなたの派閥は六人とはいえ、実際探索に参加しているのは五人です。 余っている人員がいるじゃないですか」

「彼女は非戦闘員よ!?」

「それでも荷物持ちくらいはできるでしょう。 文句はやれることをやり尽くしてから行ってくださいね」


 柳は自分の声が大きくなってからやりたい放題だった。

 それでいてまるで正しいような振る舞いで、優しく賢く気高い元生徒会長の我慢も限界に近い。


「……みんな今日の探索に行きましょう」

「協力は……ないんですね~。 どうしようもない方ですね~」

「……私も参加しましょうか?」

「いや、舞花さんはいつも通り待機していて」

「でも」

「治癒師であるあなたが私たちの生命線なの。 あなたを危険にさらすことは、私たちを危険にさらすことでもある。 心苦しいでしょうけど、お願い」

「っ……分かりました! 気を付けて行ってきてください! 結城も頑張って!」


 職業のスキルは使うほど効果が洗練されていくことが分かってきている。

 度合いは微々たるものだが、五人を見送った藍は彼らがどんな状態でも治療できるように必死に練習を重ねるのだった。


「やあ、舞花さん。 ちょっといいかな」


 すると取り巻きを引き連れた柳が突然声をかけてきた。


ーー藍はまだ社会を信じている。


ーー藍はまだ人を信じている。


 だから若干不安に思いつつも、彼女は頷いて柳に付いていってしまうのだった。


***

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