第2話

 授業後、僕と沙紀は久しぶりに『ゲームセンター』へと足を運んだ。

 隣にいる沙紀を見るとウキウキした様子で目の前に広がる多種多様なゲームを眺めていた。

 いつもの淡白な視線とは打って変わり、瞳を輝かせている。気になるものがあったら、僕の制服を引っ張り、「あれ見て!」と声をかけてきた。


 高校生のお小遣い内で遊ぶため、UFOキャッチャーなどお金が多くかかる可能性のあるものは滅多にやらない。たまに沙紀が欲しくてたまらなさそうな物に関しては、上限を決めて行うようにしている。あと少しで取れそうなら、上限を超えてしまうこともあるのだが。


 とはいえ、やるやらないに関係なく、UFOキャッチャーの景品はしっかりと覗く。

 僕の知っているキャラクターがフィギュア化やぬいぐるみ化されているのを見るだけでも満足できる。ここ1ヶ月はゲームセンターに足を運べていなかったので、最後に見た時と景品の景色はガラッと変わっていた。


「シューティングゲームやろ」


 UFOキャッチャーを夢中になって見ていると、沙紀に声をかけられる。いつものように彼女は僕の制服を引っ張っていた。


「お、いいね。久しぶりだな」


 最後にやったのは1ヶ月半前か。あの時は、今まで行くことのできなかったステージまで行けて二人で喜んでいた。まさか、また沙紀とこうしてシューティングゲームができるとは思いもしなかった。


 垂れ幕を上げ、中へと入っていく。スクリーンには赤く血塗られたような画面に、真ん中にゾンビの入ったロゴデザインが刻まれている。

 沙紀は掛けられた銃の玩具を手に持つと、やる気満々と言うように画面へと向けた。


「まだ硬貨入れてないよ」

「分かってるわよ。予行演習っ」


 照れた彼女の表情を微笑ましく思いつつ、硬貨口に百円玉を二枚注ぐ。

 すると、画面が切り替わり、モード選択へと入った。ハードモードを選択する。


「よしっ」


 今度こそと沙紀は銃をスクリーンに向ける。

 だが、最初は主人公たちがゾンビに鉢合う過程をストーリーで楽しむ形になっている。


「まだゾンビは出てこないよ」

「分かってるわよ! 予行演習!」


 一体、何回予行演習をやるのだろうか。

 もちろん、沙紀はストーリーの流れも全てわかっている。かれこれ僕たちは何十回とこのゲームをプレイしてきたのだ。


 ただ、沙紀は最初に来た時に天然で今のことをしてしまった。恥ずかしい思いをしたのだが、以降は自分のボケとして常に行っている。今はツッコむ僕の立場の方が羞恥心に駆られてしまっている。


 沙紀には早くこのボケから解放されて欲しいとたいそう願っていた。

 だが、こと今日に関してはそれも何だか悪くない気がした。むしろ喜ばしい気分だ。


 ストーリーが進み、いよいよゾンビが登場する。ノーマルモードと比べ、ハードモードは敵の攻撃力が高い。一撃でも喰らえば、かなりのダメージを負うことになる。

 しかし、僕と沙紀はかれこれ何十回もプレイしてきた、いわばベテランのプレイヤーだ。ダメージを受けずにゾンビを倒すことなどお手の物。


 沙紀は集中した様子で銃口をスクリーンに向け、引き金を引く。一撃でゾンビの頭部に命中させ、次々と倒していく。僕も負けてはいられない。沙紀と同じように画面に集中して、ゾンビを一撃で倒せるように標準を合わせる。


 二人とも、ゾンビが出てくる最中は一言も喋ることなく、一心不乱に打ち続けた。

 最初の頃は、沙紀は大はしゃぎで銃をあちらこちらに乱射していたが、今は熟練者のごとく狙いを定め、しっかりと仕留めるようになっている。沙紀の成長過程は見ていてなんだか面白かった。


 そう言う僕も状況は沙紀と酷似していたため、沙紀も僕に同じ気持ちを抱いているのではないかと思う。

 ゾンビを倒し、ストーリーが始まったところで僕たちは話を始める。


「久しぶりにプレイしたけど、やっぱり楽しいね」

「ええ。横目で見た限り、凛はすごく楽しそうだった。私の記憶情報としては昨日プレイしたことがあるから凛ほど高揚してないけど」

「そんなことないよ。沙紀だって、楽しそうにプレイしていたよ」

「私の楽しいは凛が楽しそうにしてたのが影響されたの」

「そうだったんだ。なんだか照れるな」


 僕は照れ臭く頬を掻く。たまに漏れる沙紀のデレたような言葉で、心臓にエンジンを掛けられる。この感覚は好きではあるものの、恥ずかしさもあった。


「次、来るわよ」


 短いやりとりを終え、再びゾンビを狙撃する。

 僕は先ほどの沙紀の言葉が頭の中を駆け巡る。僕が楽しそうにしているのを見て、自分も楽しくなった沙紀のことを思うと何だか胸がドキドキした。


 そっか僕はこんなにも彼女のことが好きだったんだ。

 改めて自分の抱えていた本当の気持ちに気付かされた気がした。


「凛、危ない!」


 とっさに聞こえた沙紀の言葉に反射的に彼女の方へと顔を向けた。すると、沙紀は僕に体を近づけ、僕の方にいたゾンビ銃口を近づけ、撃ち抜く。彼女から流れる柑橘系の香りに鼻腔をくすぐられた。


「気を取られたら、すぐやられるよ」

「ごめん。でも、僕に近づく必要あった?」


 普通に自分の位置から銃口を向けて、狙撃してくれれば倒せたはずなのだが。わざわざ僕に近づいた意図を汲むことができなかった。

 沙紀は僕の言葉に反応して、頬が火照る。


「ぼ、没頭していただけよ。凛が危ないと思ったら、勝手に体が動いていたの。そんなことより、ちゃんとゲームに集中して!」

「ご、ごめん」


 沙紀の怒らせてしまったことを後悔しつつ、顔をスクリーンへと向ける。

 すると、スクリーンには『ゲームオーバー』の表記がされていた。二人とも、画面から目を離し、会話をしているうちにゾンビの餌食に遭ってしまったらしい。


「沙紀もゲームに集中してよ!」

「仕方ないでしょ。凛があんなことを言うから!」


 互いにミスを押しつけあい、いがみ合う。しかし、不貞腐れた二人の表情は息のあったように破裂し、最後は笑顔になった。


「久しぶりにやったけど、楽しかった」

「そうね。でも、このままじゃ悔しいからもう一回やろう。いや、後に二、三回!」

「でも、そしたらお金なくなっちゃうよ」

「1ヶ月間行けなかったから、まだあるでしょ。今日は私の復活記念ということで」

「うーん、まあ、それもありかな」

「やりぃ!」


 僕は渋々、財布から二百円を取り出すと硬貨口へと注いだ。

 久しぶりの沙紀とのシューティングゲームはすごく楽しかった。そして、僕たち二人はこの日に自分たちのベスト記録を更新することに成功した。

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