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「二十四年前というと、私は四十一歳。もし、風速 正子が生きていたら、あの頃の私と同じ四十一歳になるんですねえ。私は、体育大学を卒業後、実業団選手として大手メーカーに就職したのですが、怪我が原因で引退をしました。その後は一般社員として営業マンとして働いていたのですが、根っからのアスリートでしたから何か物足りなくてね。タイミング良く、降魔高校の体育教師の中途採用の募集をみつけたので応募して運良く採用されました。ずっと陸上をやってきて、それなりの結果も残してきていたので、是非とも、陸上部の顧問、できれば監督もやって欲しいと言われました。他の先生たちは、部活動の顧問なんてボランティアみたいなことやりたがりませんでしたよ。まあ、そりゃそうですわな。終夜先生はご存じでしょうが、教師という職業はハードワークですわ。余程の物好きでもない限り金にもならん部活動顧問なんてやりたくないでしょうよ。まあ、私も終夜先生も物好きってことになりますわな。私は、降魔高校陸上部をインターハイに導こうという大志を抱きました。まあ、最初の頃は苦労しましたわ。私も指導者としては未熟でしたし、部員たちも覇気がなくてね。転機が訪れたのは私が降魔高校に着任してから5年ほど過ぎた頃でした。学校側が宣伝のために運動部の強化に躍起になり始めたのですよ。それまでも野球部とかバレー部は強かったんですけどね。全体を底上げするっちゅうことになって、有望な選手が陸上部にもたくさん入ってきました。それからですわ。降魔高校陸上部が強豪校の一角を担うようになったのは」

「『矢走マジック』なんて呼ぶ人もいましたが、私の力じゃあないんですよ。実力とやる気を兼ね備えた選手たちが粒ぞろいだったのですから強くなるのは至極当然なことでしょう。そんな全盛期時代においても、風速たちの学年の選手たちは特に強かった。あの頃は、部員も増えて私一人じゃ手が回らなかったから男子の方は外部の指導者に任せて、私は、専ら女子の指導をしていました。風速は本当に根性がある子でしたね。それに、正義感が強くて真っ直ぐな子でした。だから、あんな素行の悪い生徒たちに逆恨みされて……」

 矢走氏は言葉を詰まらせた。

「だ……大丈夫です?」

 二家が心配そうに矢走氏に尋いた。

「ああ、気を遣わせてしまってすまないね。あの事件を思い出したら怒りがこみ上げてきてしまってね。大丈夫ですよ、これしきのこと……あの子らの苦しみに比べたらどうってことない」

 無理に微笑んだ矢走氏の顔が怒りで歪んでいた。奥の部屋から、また呻き声が聴こえてきた。

「風速が風紀委員長を務めていたのはご存じですか?」

 矢走氏が一同に問い掛けたので、皆、返事をしたり頷いたりした。

「そうですか。それなら話が早くて助かります。当時の降魔高校は委員会に所属するのは強制ではありませんでしたから、風速から相談を受けた時、私は、部の練習だけでもハードなのに無理して委員会に所属しなくてもいいんじゃないか? と言いました。それでも、あの子は、部活動に支障はきたさないと言って頑として聞かないのです。あの子は正義感が人十倍くらい強い子でしたから、学校の風紀を乱す輩や弱い者いじめをする輩を赦せなかったんでしょうね。結局、私が折れる形となってしまいましたが、あの時、風速が風紀委員会に入ることを意地でも止めるべきだったと後悔しない日はありません」

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