File19

「あの事件が起こったのは風速たちの学年の子たちが2年に進級した年でした。女子陸上部の有力選手たちは8月開催予定のインターハイ出場を決めて懸命に練習に励んでいました。風速も期待の選手のひとりでしたが、最も期待されていたのは、風速の親友でありライバルの瀬尾せのお 逸美いつみという選手でした。ふたりとも周りからの人望も厚く人気者でしたからね。そういったところが奴らの癪に障ったんでしょうね」

 矢走氏が握りしめた拳がわなわなと震えていた。

「『奴ら』というのは、風速さんの遺書に書かれていた、彼女を自死に追い込んだ奴らのことですか?」

 終夜先生が尋いた。

「そうです。あの事件に関しての情報はすべて揉み消されたと思っておりましたが、よくお調べになりましたね。風速は、先ほども申し上げましたように、人十倍正義感が強い子でした。2年になって風紀委員長に選ばれてからは風紀を乱す者たちの取り締まりを強化しました。故に、学校内でも一番質が悪いと言われていた恐田 狡介、恐田の腰巾着の江口 潮と桃尻 操の恨みを買ってしまい、あの痛ましい事件が……」


 二十四年前に一体何が起こったのか? いよいよ話が核心に触れる。それに呼応するかように、奥の部屋からの唸り声のボリュームも上がった。


「その日の練習を終え、部員たちがクールダウンを行っていたときに事件は起こりました。突然耳を劈くような轟音がして部員たちをめがけて大きなバイクが突進してきました。操縦していたのは江口 潮。江口の腰に手をまわして江口の彼女の桃尻 操が乗っていました。皆、蜘蛛の子を散らすように逃げ回っていましたよ。今ほどではないにせよ、降魔高校はいちおう進学校ですからね。そんな不良漫画に登場するような輩がやらかすようなことに対して免疫がない生徒ばかりなんですよ。もう、皆、泣いたり叫んだり、まるで地獄絵図でした。まだ校舎内に残っていた生徒たちも窓から怯えるように様子を窺っていましたよ。その中に気色の悪い笑みを浮かべた恐田 狡介が混じって高みの見物をしていたのを、私は見逃しませんでした。黒幕はヤツだと、すぐに分かりましたよ。私と他の運動部の顧問の先生や監督、コーチたちは生徒たちを守るために必死でした。しかし、江口は、前に立ち塞がる教師らを嘲笑うように躱して、瀬尾 逸美を執拗に追い回しました。瀬尾は必死で逃げようとしましたが恐怖で足がすくんで前へ進まない。瀬尾のすぐ背後に迫ったバイクをめがけて親友の風速が飛び掛かったのですが一歩及ばず、瀬尾はバイクにはねられ、宙を舞い、地面に叩きつけられました。風速かぜはやは、バイクから転げ落ちた江口と桃尻に馬乗りになってタコ殴りにしていました。自分ではなく、親友を狙った卑劣な奴らの復讐に対し彼女の中で理性が吹っ飛んだんでしょうな。私たちが風速を止めに入ったので奴らは軽傷で済みましたが……」

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