旧名家のお嬢様と元生者の従者

椎名t_t

第1話 出会い

 帰宅ラッシュの時間帯のとある地下鉄の駅。ホームには人が溢れかえっている。


通話の音、イヤホンから流れる音楽の音、一番線のホームに到着した電車の停止する音、アナウンス、さまざまな騒音でいつも通り騒がしい。


2番線のホームでは、あと2分ほどでくる電車に乗るため、人が4、5メートルおきに列をなしている。ホームの中央あたりの列の一番前に高校生の少年が立っている。


その少年は単語帳を開き、隙間時間とも呼べる下校の時間を使って勉強をしている。


今は高校3年生の2月、受験のラストスパートをかけているのである。少年は誰が見ても疲れているとわかるくらいの、はっきりとしたクマを作っている。日頃の疲れが蓄積しているだけではなく、さらに夕方で1日の疲れもピークに達し、集中力も切れはじめている。


少年は一度単語帳から目を離す。(ああ、もう疲れた、帰りくらい休もうかな。いや、まだ、まだ。今日は睡眠を少し長めにとるって決めたから、家での勉強時間減らすし、せめてここで時間を確保しないと。)


再び単語帳に目を落とす。ホームには次に来る電車のアナウンスが流れ出す。“まもなく二番線に〜”と聞こえ始める。


その後すぐに少年は身体が軽くなったように感じた。誰かに押されたわけでも少年がバランスを崩したわけでもないのだが…


少年はホームから落下していた。


反射で自分の頭を守るような体勢になり地面に体が叩きつけられる。強打した腕に激痛が走る。


起き上がる気力も、そもそも起き上がる気もなく、そのまま突っ伏す。


「ああぁっ!逃げてぇ!」


誰かわからない女性の声がし、顔を上げてみると目の前には直視できないほどの眩しい光がみえる。


その時、少年には恐怖などなかった。


ようやく終われると、自分の死の予感に喜びさえ覚えた。死を目前にしているにも関わらず、彼はそのまま目を閉じた。


その顔はとても死を目の前にした人のする表情ではない。とても穏やか表情だった。目を閉じてすぐ、少年の意識は肉体もろともなくなった。


…はずだった。


〜〜〜


 薄暗く気味の悪い部屋。まだお昼なのに日光は一切入ってこない。部屋には、理科室でよく見られる分厚いカーテンがかかっている。そのカーテンは掃除がされておらず、蜘蛛の巣があちこちにある。机の上も埃だらけ。


そんな部屋の真ん中には蝋燭が灯されており、2人の人がいる。


いきなり部屋に大声が響き出す。


「やった!やったー!ほんとにできた!やっぱり嘘じゃなかったんだ、ほんとにできるんだ!使い魔の召喚!」


そう叫びながら大はしゃぎする1人の少女。

怪しげな国語辞典並に厚い古本を胸に抱えて、自分で床に書いた魔法陣?の周りをぐるぐると跳ね回り続ける。その少女が回り続けている魔法陣の上には1人の少年が


「???」


と訳がわからないといった様子で坊然と突っ立っている。


(俺は電車に轢かれたはずでは?)


そして自分の周りを笑顔で飛び跳ねる少女を珍妙なものを見るような眼差しで見ている。少女は少年と目が合うと正面に立ち、手を差し伸べる。


「初めまして、私は大原夢。今日からあなたの主人となる人間よ!」


頼む、誰かこの状況を説明してくれ、状況が整理できない…。少年は心の中で叫ぶ。


〜〜〜


少年が状況を説明してくれとと願いしたところ、大原夢と名乗った少女は、急に大原家の歴史について説明を始めた。


大原という姓は、今彼女の家があるこの地域に昔からある名家の姓らしい。戦前までは大地主として、戦後は農業関係の事業者として、この地域の中心的な家系であった。


しかし、彼女の父が事業に失敗すると一気に没落の一途を辿った。それだけではなく、両親は蒸発し、家には彼女と彼女の兄だけが残されることとなった。


幸いなことに隣町にある昔から関係の深いお家柄の方達が、直系に男児がいなかったことから、彼女の兄を婿として迎えることを条件に借金を全て肩代わりしてくれたらしい。


そのおかげで先祖代々受け継がれていた土地も売る必要がなくなり、彼女は今もずっと同じ家に住み続けることができているようだ。


「と、うちの家の状況が今こんな感じ。どう?何か質問はある?」


大原夢は俺にそう尋ね、机の上に置いてあるカップを取り、少年の入れた紅茶を優雅に飲み始めた。


違う、そんなことを知りたいんじゃない。俺は状況を説明してくれって言ったのに、家の歴史を喋るやつがいるか。そもそも、俺にいきなり紅茶を入れろと命令してきて、いったいなんなんだ?いう通りにしたら、話してくれると思ったから従ったけど。


「いや、君の家のことは別になんだっていいよ。それよりもなぜ俺は今ここにいるんだ?」


改めて言い方を変えて質問してみると、大原は頭に?マークを浮かべた。


「なぜって、私が召喚したからだけど。」


そんな当たり前でしょ、みたいな顔で言われても…。


「使い魔なのに事前知識はないの?」


何を訳のわからないことを。


「使い魔?なんのこと?」

「いや、あなたのことよ。」

「俺、人間なんだけど…」

「何言ってるのー、そんな訳ないでしょー…だって今私が召喚したのよ?」

「は?」


召喚した?俺を?そもそも召喚て…


「んー、何かしら。不具合?」


大原夢は首を傾げて呟く。不具合って人をモノみたいに。まじまじと俺をみてくる。そして、表情が少しだけ歪んだ。


「あなた、自分のこと人間って言った?」

「最初からそう言っているだろう。」

「…うそ、ほんとに人間?」


ようやく気づいてくれたか。ペタペタと俺の顔を触った。その感触でさらに確信に至ったのか、彼女の顔があおざめる。


「嘘も何もどっからどう見ても人間だろ。」


俺の体は別に異形の生物にはなってないと思うが、


「人型の何かかと思ってたけど、人間?」


そしてぶつぶつと何か独り言を話し始めた。俺を今まで何だと思って…使い魔って言ってたけど、真面目に使い魔だと思っていたのか(この際使い魔がなんなのかはスルー)え、どういうこと?俺が何か聞こうか考えていると、


「ごめん、人間だなんて知らなかった。まさか人間だなんて。」


どうやら向こうが早とちりしていたようだ。


「さっきの質問だけど、俺はどうしてここにいるの?」


彼女はどのように説明しようか悩んだようで少し間を空けてから口を開いた。


「うーんと、私はおじいちゃんの書斎で使い魔について書かれた古文書を見つけたの。中を読んでみると使い魔召喚の術っていうのがあって、それを試してみたくなっちゃって、勢いで使い魔を召喚しようとした。そしたら成功してあなたが出てきたのよ。」


彼女は頭を抱えて考え出す。は?使い魔?召喚の術?なんの話?訳がわからない。痛い子かな。


でも、彼女の表情を見るに嘘はついていないよな(ただ痛い子っていうわけではなさそう)。つまり俺を召喚したっていうのはマジなのか?よし、マジっていう前提で考えてみよう。えーっと、試しに召喚術使ったら俺が出てきたから使い魔だと勘違いしたってことなんだよな。それで使い魔だから何でも知ってるだろうって思って俺が知りたいことについて説明してくれなかったのか。ツッコミどころが多い。


「じゃあこの人には家族がいるよねボソ。」


聞き逃すかもしれないくらいの声量で彼女は言った。それから俺に向き合って言う。


「ごめんなさい、いきなりこんなところに連れてきちゃって。私もこんなことになるとは思わなくて。住んでる場所教えて。そうしたらお兄様にお願いして、今すぐ帰れるように手配するから。」


そう言って彼女はポケットから携帯を取り出し、俺に背を向け電話をしようとする。携帯を触るその指は震えていた。そして彼女の背中から哀しみが伝わってくる。


 先ほどの話から察するに今彼女は独りなのだ。祖父母はおらず、両親は蒸発し、兄は別居。彼女はここでたった1人で生きている。彼女は「家族」を求めていたのではないのであろうか。使い魔という非現実的なものにすがってでも、ずっと一緒にいてくれる「家族」を。


俺はここで彼女を見捨てていいのだろうか。

……いや。家族がいっしょにいることの大切さは俺が一番知っている。どれだけ厳しい環境でも家族がいれば乗り越えられるということを。

なら俺がとるべき行動は...。


「その携帯、貸してもらえませんか?」


俺はそう言って、手を出す。いきなり敬語になった俺に戸惑いつつ、彼女は何をする気なのかわからないといった表情をしていたがが、携帯を素直に差し出した。


俺は携帯を受け取り、ネットを開く。そして「東京 2月15日 地下鉄事故」で検索する。検索のトップには俺の名前と死亡が確認されたことが記されていた。やっぱり俺はもう死んでるんだな。なら、俺はあの家に帰ることもできないだろう。スマホを持った手を下ろし、彼女をみる。そして…


「大原さん、いや、お嬢様。お兄様への連絡は不要です。私はここに残ります。」


大原夢は急にお嬢様と呼ばれたことに驚いているが、俺はそれをスルーし、スマホの画面を見せる。


「この通り僕はもう死んでいるんですよ。だから帰る家もありません。」


彼女はスマホに映し出された記事を見て驚き、目を見開く。俺はそのまま言葉を続ける。


「お嬢様さえよろしければ、私をここに置かせてくださいませんか?家事全般、その他お嬢様のサポートを全力で致しますので。」

「え?…」


そう言って片膝をついて跪く。帰る場所がないそれは事実だ。死亡届はもうとっくに受理されているのだから。まあ俺が家に帰りたくないというのはある。


だが、それ以上に俺は彼女を1人にしたくないと思った。なぜだか知らない。でも見捨てたくないと思ったのだ。


顔を下ろしているため、相手の顔を見ることはできず、どんな顔をしているかはわからない。だが、少し鼻を啜る音が聞こえる。


「私を置いてくれませんか?」

「いいの?私の勝手ごとに巻き込まれただけなのに。」

「構いません。」

「私の従者って自由なくなっちゃうけどいいの?」

「構いません。」

「私、めんどくさいわよ?」

「大丈夫です。」

「……」


お嬢様は無言になる。しばらく頭を下げ続けていると彼女は口を開いた。


「表をあげなさい。」


そう言われて顔を上げると、明るく最初会った時と同じくらい嬉しそうな彼女の顔が見えた。


「いいわ、あなたは今この瞬間から私の従者よ。日々精進しなさい。」


彼女の声色から喜びの雰囲気が伺えた。


「はい!」

「じゃあこれからよろしくね。ええーっと、名前は…」

「柊龍斗です。こちらこそよろしくお願いします、お嬢様。」

「よろしく、龍斗。私には貴方しか従者外ないから、これから貴方にはたくさんの仕事がやってくるから覚悟しなさい!」


お嬢様は俺に手を差し伸べた。


「お手柔らかに。」


そう言って俺は彼女の手を取った。


 これから旧名家のお嬢様大原夢と俺柊龍斗の主従の生活が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る