閑話
ー閑話ー1 アイスクリーム
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人を見送る。
「看取る」
変換だと こうなる。
看ていないから「視取る」
他人事じゃない。
「観」でもない。
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病院勤務でもなく、
警察関係でもない。
ごくごく一般的な寺だ。
人生の行事の九割は「人の死を視取る」こと。
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己が身分は
「見習い」なり。
寺仕事の修行中。
「助手」とも称す。
表向きー
一応そうするのが都合がよい。
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とにかく死にまつわる話には事欠かない。
「怪異」と呼ぶ出来事しか起こらない家ー寺。
これまで見送った人の数は幾人か。
早くに
数えるのは止めてしまった。
意味がない。
数えている間に次が「くる」
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歯を磨く。
呼吸する。
寝る、起きる。
夜になれば、次は朝。
人が死ぬ。
日常の「当たり前」の事象。
生を終えた人は
死体に変わる。
当たり前だ。
死体の
物理的な冷たさは異様。
あの冷たさは 何か違う。
「持っていかれる」
そんな思いに駆られる。
死を恐れる
生き物としての本能的な部分か。
立ち昇るような「気配」
ー冷気。
「感触」として あるのだ。
この「持っていかれる」なにか、が。
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友人・知人経由で
何度か葬儀の立ち合いを頼まれる。
葬儀屋を頼めない人だった。
湯灌から骨になるまで終わらせる。
中には友人も含まれた。
かなり親しい、友。
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酷く暑い夏。
日差しで
皮膚が
直接焼ける音がする。
前日一緒に笑って食事して。
デザートはアイスクリームだった。
いつもは選ばないのだが
無性にアイスクリームが食べたくなった。
『本日のスペシャル・デザート/
7色のアイスクリーム盛り合わせ
季節のフルーツ添え』
「なんでアイス?
アイスなんて年中食わないじゃあないか」
「わかんねえ。
なんでか オススメみたら食べたくなったんだよ」
最初で最後のアイスクリーム。
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木造の古いアパート。
いつ取り壊しになってもおかしくない。
その証拠に
友人以外の住人は
誰もいない。
友人は溶けて原型をとどめていなかった。
頼んで
一人、湯灌させてもらう。
「昨日のアイスそっくりになったなあ」
一緒にいた友人も
警察関係者も
誰も笑わなかった。
骨は とても綺麗だった。
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「今 生きている者の方が大事」
「忘れていてもいい。
想いをぶつけるだけでいい。
見送った人々。
接した、触れ合った
その経験は、
生きている者の中で
きちんと生きてる。
それで十分だ。
「活かされている」
「出会ってくれて ありがとう」
それで十分。
悲しい時に泣き
嬉しい時には喜びまくり。
楽しければ 大声で笑う。
がんばるな。
過ぎた過去は記憶の記録。
その中での時間は止まったままだ。
前に進め。」
彼が言う。
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人が死ぬと、周囲の者は冷静ではいられない。
全員動揺している。
幼児期から
そんな光景を日常としていると
冷静な人間が必要なのだと
学ぶ。
観察している中の「大人」は
いつも
動揺している様にしか見えなかった。
常に冷静さが必要だと学ぶ。
上手く説明できる言葉が今はない。
この「感覚」「感触」
どう言ったらいいんだろうか。
経験や、
この感覚を共有する人間には
今のところ 殆どいない。
ー彼を除いては。
死体が転がる 当たり前の日常の中。
やはり「生き物」故に
どこかで「生きる糧」は必要で。
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「ホラー作品」のようだと思う。
「スプラッタ映画」にも似ていると思う。
目の前の光景。
人は恐怖している。
バッサバッサと刻まれて
悪魔に憑りつかれ
異形のモノと闘い
勝利したり、
敗北したり。
映像や作中の如く
目の前で
人々が死骸と化す様。
過去に次々と見送った人々と
今、目の前で展開する
映画での死者と同化していくようだ。
記憶の記録と
作品という名の記録。
そして 現在。
彼との
数々の体験や経験のおかげで
元気に生きていられる。
この世にあってくれて ありがとう。
出会ってくれてありがとう。
心から想う。
彼のおかげで
壊れずに済んだ。
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当時の日記や
備忘録を読み返し思う。
過去に
「感覚を共有する人がいない」
そう
思っていたのは
「怪異にまつわる映画の世界」に住む人と
共通したエピソードや
記憶、
感覚を持って暮らす人はいないから。
恐怖映画は
本人が望んで観てみるのだ。
一時の緊張感や恐怖心は娯楽。
お化け屋敷が人気なのも娯楽だからだな。
これが通常モードなのは普通じゃない。
必死すぎて、当たり前すぎて。
物心ついた頃には
「日常」だったのだ。
当たり前じゃないことにすら気が付かない程
「生活」だったのだ。
そりゃ 気が付かないや。
ああ、納得。
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名探偵シャーロック・ホームズの
盟友にして助手のワトソン。
ホームズにまつわる 多くの出来事を
記録として残していた。
それに
彼の記録ー
出来事、
聞いた話、
教えてもらったこと。
なんでも書こう。
物語を書く、
そんな才能
あるとは思えない。
ワトソンは偉大だなあ。
文才にも優れている。
ホームズの深い叡智の通訳をも
務める。
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随分と増えた備忘録。
近頃は
多少分類しようかと思い始め。
こうして手にとり
読むと記憶は鮮やかに蘇る。
所々の頁には
彼が触れた痕跡が残っている。
メシと言いつつ菓子を喰い。
彼からの電話を待つ者は
今も ここにいる。
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