カルマの契約者

Afraid

第1章

1-1

 迫りくる対向車をすり抜けるように、短髪の少年が疾走している。

 全身は傷だらけで、頭部の出血は顔半分を真っ赤に染めるほどだった。

 いつ力尽きてもおかしくない外傷に見えるが、不思議にも足取りはしっかりとしていて、呼吸もほとんど乱れていない。

 そんな少年を後方から追うのは、一人の女。

 車両とすれ違う度に、長い銀髪が真っ直ぐになびく。

 その手に拳銃を携えたまま、女は冷酷な目で少年の背中を睨んでいた。

 不意に、女の脳内に男の声が響いた。

『即抹殺かと思ったら意外とぬるいんだな。シグレ』

「できたらとっくにやってんだよ!」

 シグレと呼ばれた女は怒鳴りながら、前方に向けて拳銃を乱射する。

 だが、銃弾はどれも命中することなく少年の足元に着弾した。

 先程から何度射殺を試みても、地面に吸い寄せられるように落ちてしまうのだ。

 走りながらとはいえ、決して当てられない距離ではなかった。

「くそ……防壁か? 重力操作の類だとしたら厄介だな」

 シグレが苦々しい顔で呟く。

 追跡を続けているうちに、少年は車道を外れて住宅地へと入っていった。

 人の多い場所ならそれだけ攻撃の手も緩むと考えたのだろう。

「甘いんだよ。こっちは毛が生える前から傭兵やってんだ」 

 言いながら、シグレが再び拳銃を構えた時だった。

『その侵入者は一旦放置だ』

 また男の声が聞こえた。

「あ?」

『北陸に動きがあった。悪いがそのまま偵察に向かってくれ』

「しばらくは休戦じゃなかったのかよ。アタシ一人で対処しろってか」

 シグレが声を荒げた。

 現在、中部エリアは南北に分断されている。

 一つはこの東海区。

 もう一方が北陸区だ。

 両区域は今まさに戦争状態にあった。 

『だから偵察だと言っている。こちらに無理攻めを強いるブラフの可能性を含めての様子見だ』

「そっちこそぬるいこと抜かすなよ。接敵したらどのみち戦闘だろうが…………いや、いいこと思いついた」

 シグレはそう言ってニヤリと笑った。

『おい、何を考えている』

 男の困惑した声が返ってきた。

 構わずシグレは続ける。

「侵入者のガキを北陸に追い立てる。様子見にはもってこいだろ」

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