山田 零士 ゴールデンウィーク 訓練校1年目(完)

 テレビの映像には、地面に仰向けにひっくり返ったサイクロプスだった。

 目・口そして心臓に水晶?と思える大きな6角柱が刺さっている。


 レポーターが、興奮して「倒した」と「すごい」を連呼している。

 それに呼応する様に、スタジオからも歓声が上がっている。


「倒したのか?」

 と呟くと

「まだだ」

『まだだ。アレくらいでサイクロプスが死んだりしない。

 直ぐに回復する』

 店内と無線から、同時に否定する言葉が出た。


 映像の中のサイクロプスの手が動き、右手で心臓に刺さった水晶柱を抜き去った。

 直後、首から上に水晶に壁が出来、血しぶきが上がった。


 テレビからは、ヘリコプターの羽の音が流れるだけだった。


 ひっくり返ったままのサイクロプスの体は、手で頭を探そうするが水晶の壁が邪魔をする。

 サイクロプスの体は、両手で水晶の壁をどかそうと四苦八苦し始めた。

 その度に首から血が噴き出るが、構わず動き続けいてる。


 その体に、何本もの水晶の槍が撃ち込まれた。


「上手い。あの位置に撃ち込まれると、体に力が入りづらくなるし、抜き難い」

 と店内から声が上がる。


 そうしている内にサイクロプスの体は、水晶の壁を退かし、手探りで頭を探りだし、体に引き寄せようとするが、サイクロプスの頭は動かない。

 良く見ると、頭にも水晶の槍が撃ち込まれていた。


 ここに来てサイクロプスの体は、ジタバタと大暴れ出すが、水晶の槍によって地面に縫い付けられているため、起き上がる事も移動する事も出来ず、仰向けのままで暴れ、血を噴き出しつづけた。

 その抵抗も噴出する血も次第に弱くなり、ついに動かなくなった。


 無線から優の声で

『各自、状況を報告せよ』

 と流れると

『討伐完了』

 と言う報告が次々と上がる。


『指揮官より本部へ

 魔物の討伐完了。

 事後処理班の投入を要請する』


『本部より指揮官へ

 討伐完了、了解しました。

 事後処理班の投入要請を受諾します。

 公園北東部で事後処理班と合流し、引き継ぎを行って下さい。

 引き継ぎ後、帰投して下さい』


『指揮官より本部へ

 了解しました。

 事後処理班への引き継ぎ終了後、帰投します

 以上』


『総員、公園北東部に集合。

 事後処理班への引き継ぎ後、帰投します』


『了解』

 と言う無線を最後に切れた。


 テレビでは黒いモヤが晴れ、名城公園と名古屋城周辺の惨劇が露わになる。

 レポーターやコメンテーターが、ぎゃあぎゃあ言っている。


 マスターの

「終わったな」

 と言う言葉で

「じゃあ、消すぞ」

 と言って檜枝さんは、テレビを消した。


「神城准尉は、俺達の予想より遥かに強かったな」

 と石割さんが言うと

「ああ、空間の亀裂の破壊を行いながら、広範囲の索敵、冷静な状況判断で指揮を取るとか、ベテランの指揮官でも難しい事をやってのけたな。

 しかも、サイクロプスとの戦闘も、最低限の力で勝ちやがった」

 と土森さんも、優の事を称賛している。


「それよりも、あの魔力量。

 ランクB7という資料と合わない。

 高ランクの魔力回復能力を持っていると考えるべきだ」

 と檜枝さんが言う。


「検証は後にしな。

 今は、こっちのケアが先でしょうが」

 と華山さんが、お互いの意見を言い始めた常連客をたしなめた。

 常連客達が静かになる。


「残酷だが、これが現実だ。

 彼女は、既に対魔庁の戦闘部隊で要職を努めている。

 そして、これからも重用ちょうようされるだろう。


 住んでいる世界も、見ている景色も違う。

 それでもお前達は、まだ追いかけるのか?」

 とマスターが言う。


「ああ、追いかける。

 今、諦めたら、強くなる理由を失うし、幼馴染だと言えなくなる。

 やらないで後悔する位なら、当たって砕けろだ。


 あいつの横に並べなくても、あいつの背中を追いかけるだけだ」

 と章が言うと


「ああ、そうだな。

 諦めるのはいつでも出来る。

 でも、それは今じゃあ無い。


 足掻ける内は足掻く。

 どうしても駄目だったら、その時考えるさ」

 と俺が答える。


「じゃあ、私があなた達をサポートして上げるわ」

 と明日香さんが答えた。


 俺と章は、明日香さんを見ると

「私だと頼りない?」

 と言うので

「いや。……ありがとう」

 と答える。


「俺は、おまけで良いぞ」

 と章が言うので

「どういうつもりだ?」

 と聞き返すと

「馬に蹴られたくない」

 と真顔で言う。


「おや、まあ」

 と華山さんは嬉しそうにしている。

 そして、マスターと常連客からの生暖かい目で見られた。


 たぶん、俺と明日香さんの顔は、赤くなっているだろう。


 しばらくして、マスターが静かに語りだした。

「たぶん、お前達は、なぜ俺達がお前達を鍛えるのか疑問に思っているだろう。

 だから、先に言っておこう。


 今の俺達は、政府や対魔庁上層部のやり方に不満を持っている。

 だが、俺達も対魔庁に所属していた頃は、政府や上層部の理念に何の疑問も抱かなかった。


 退役後、客観的に物事を見る事が出来る様になるとな。

 色々と矛盾に気づいたんだ。


 その最たる物が、『何故、能力者だけが、貧乏くじを引かなければならないのか』だった。


 能力者だけに事実上の徴兵制が敷かれ、それを当たり前として受け入れている。

 また、自己犠牲を強いられるのも、当然の事として受け入れている。


 こんなのおかしいだろう。

 だから、将来有望な者を俺達の手で育て、政府や上層部の思惑に対抗出来るだけの強さと、どの様な地獄からでも生還できる強さを与えてやりたいと思っている。


 それに、若い連中が強くなるのは、見ていて楽しいからな。

 だから、まだ俺達からの指導を受ける気があるなら、中間試験が終わった後の日曜日に来ると良い。


 さあ、今日はもう帰れ。

 買い物に行くのだろう」


 時計を見ると、3時20分を過ぎていた。

「分かりました。

 今日は、これで失礼します」

 と言って立ち上がり、お店の出口に向かう。


 慌てて、章と明日香さんも続く。

 扉を開け振り返り

「次の日曜日もお願いします」

 と言ってお店を出る。

「じゃあ、また来るよ」

「次回もよろしくお願いします。

 失礼します」

 と章と明日香さんも次回来る事を述べてお店を出た。


「この後は、どうするの?」

 と明日香さんが聞くので

「取り敢えず、ド◯キに行こう。

 食料の確保が最優先だな」

 と俺が言うと

「そうしましょう」

 と明日香さんが同意した。

 俺達は移動を開始する


「それで、明日からはどうする?」

 と章が聞く。


「当然、訓練と試験勉強だ。

 当面の目標は、優等生だからな」

 と俺が言うと

「ブレないな」

 と章が呆れた様に言う。


「他に何かあるのか?」

 と聞くと、ニヤニヤしながら

「あるだろ、明日香さんとのデートとか、デートとか。

 あ、俺は居ないくなるから、二人で買い物デートでも楽しんでくれ。

 適当に帰るから」

 と言って、章はド◯キの方に向かって走り去ってしまった。


 俺と明日香さんは、お互いに顔を見合わせた。

「取り敢えず、一緒に行くか」

 と言うと

「ええ」

 と少し顔を赤らめ、返事された。


 正直、強制的に外堀を埋められた感は拭えないが、悪い気はしない。

 新しい関係がどうなるか分からないが、また賑やかな日常に戻りそうな予感はする。

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