神城 翔  親として(7)

 普段より早く目覚めた。

 昨日は色々あったせいなのか寝た気がしない。


 2度寝をする気にもならなかったので、起きる事にする。

 コーヒーを飲むためにお湯を沸かしている間に身支度をする。


 身支度が終わった頃にお湯が沸いたので、カップにドリップコーヒーをセットしてお湯を注ぐ。

 コーヒーの良い香りがする。

 頭の中のモヤモヤした物が何処かに消えて、思考がはっきりする。


 テレビをけ、ニュースを聞きながらコーヒーを飲む。

 ニュースの内容は、頭に入ってこない。

 考えているのは、父親として優と向き合うかだ。

 いきなり、女性として扱うのは間違っていると思うし、かと言ってこれまと同じ様に扱う訳にはいかない。

 どう向き合えば良いのだろう。


 悶々と考えていると妻が起きてきた。

 普段通り

「おはよう」

 と声を掛けると

「おはよう。今朝は早いわね」

 と返ってきたので

「目が覚めてしまってな」

 と返すと、微笑みながら

「優ちゃんの事を考えていたのでしょう。

 色々と悩むよりも、普段通りに接すれば良いのよ」

 と言うが

「そう言うがそれが難しい。どの様に接すれば良いか考えてしまう」

 と苦笑いをしながら答えると

「そうやって、何事にも真剣に考えられる事は貴方の美点だけど、考え過ぎは良くないわよ。

 ありのままの姿で接すれば良いと思うわ」

 と諭された。


 確かにその通りだ。

 だが、それが難しい。

 むしろ、それを当たり前の様にやっている妻や舞が羨ましい。

 妻が、着替えの為に部屋に戻る後ろ姿を見ながら、そう思ってしまった。


 妻が朝食を作り、テレビをぼんやりと見ていると優が起きてきた。

 お互いに挨拶だけをして、沈黙が降りた。


 優の姿を見ると、何故か緊張してしまう。

 この娘が今の優なんだという事実と自分の中に居る優が乖離かいりしている為、混乱してしまう。

 色々と話しかけようと考えていた事は、全て吹き飛んだ。


 優のありのままを受けいると、何度も自分に言い聞かせていたのに、今の優を否定する自分が出てくる。

 改めて自分の矮小わいしょうさを思い知る。

 父親失格だなと思ったが、今からやり直せば良いと思い直す。

 まずは、今の優の姿に慣れる事から始めよう。


 朝食の準備が出来た頃に、舞も起きてきた。

 昨夜の格好のままだった。

 全員揃って朝食を食べた後、優はそのまま妻に寝室に連れ込まれた。

 舞は、自室に戻った後、寝間着のまま、両手に紙袋を持って出てきた。

 そのまま、寝室をノックした後、入って行った。


 寝室に籠もって30分たった頃、紙袋を両手に抱えた優が出てきた。

 外出着を着た優は、外国人モデルの様だった。

 着ている服は、舞のお古のはずなんだが、舞が着ていた時との印象が違いすぎる。


 優が、自分の部屋に移動する様子をボーと眺めていた。

 リビングに戻って来た優に

「父さん、どうしたの?」

 と首を傾げながら聞かられた。


 非常に可愛らしい姿に、妙に気恥ずかしくなった。

「いや、なんでも無い。なんでも無い。

 ただ、まだ、優の今の姿に慣れていないだけだ」

 と上ずった声で答えた。


 優は、首を反対側に傾げながら

「そうなんだ」

 と言ってからソファーに座った。


 親として何か声を掛けるべきだとは理解しているのだが、優を眼の前にすると言葉が出てこない。

 頭の中で「今日は天気いいですね」と声を掛けようとか、訳の分からない事を思いついてしまう位に内心テンパっていた。


 そのまま、妻と舞の身支度が終わるまで、会話一つ出来ないまま過ごした。

 自分の車に、全員が乗り込んだ事を確認してから出発する。


 最寄りのショッピングモールなら車で20分と掛からないが、今回行くショッピングモールは家から離れた場所にある。

 平日なら1時間掛からない距離なんだが、土曜日である事を加味すると1時間以上掛かると思わないといけない。

 なぜ、このショッピングモールに行くかと言うと、対魔庁の人と待ち合わせをしているからだ。

 だから、時間には余裕を持って家を出た。


 道路は、まあまあ混んでいたので1時間15分程掛かった。

 駐車場に車を止め、待ち合わせ場所に向かう。


 店内に入ると、周囲の人の目が優に向く。

 大勢の人の視線に晒された優は、萎縮してしまっている。

 妻が、優の手を取り

「大丈夫よ。しっかり前を見て歩きなさい」

 と忠告しているが、俯き加減で歩いている。

 その姿は、かえって庇護欲をそそられる事に気づいていないみたいだ。

 妻は、手をしっかり握って、優の歩幅に合わせて歩いている。


 しばらく歩くと、待合場所の広場に出た。

 そこには、手続きをしてくれた氷室さんと対魔庁の病院で見た看護師ともう1人の女性が居た。

 この女性は、他の2人とは少し違った雰囲気を纏った女性だ。

 なんというか、昔の妻に似た女性特有の柔らかさと鋭い剣の様な険呑さを併せ持つ感覚だ。

 恐らく、戦闘職に着いていると思われる。


 しかし、女衆の中で男1人は、色々と怖い。

 ここは、優の顔を見ない様にしながら

「ゆっくり買い物を楽しんで来て、俺は適当にぶらついてくるから」

 と言うと、身を翻す。


 心の中で

「優 すまない。

 お父さんは耐えられない。

 お前は強く生きてくれ」

 と叫びながら、脱兎の如く逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る