? 領土戦線2
「なんで……こんなはずじゃ。やめ、やめっ――」
無慈悲な現実。
戦場は混乱していた。
領土進行を進め、旧市街地へと入った彼らを痛快に蹴散らしたのが『十数体の上位魔族と双子龍』――南東魔王軍の幹部。
その出現連絡が全員に支給されていた通信魔導具から伝わったのが数分前。
それが今では叫声、怒号、泣声が一般回線へと混線し通信阻害。
部隊へのピンポイント爆撃、行く先々での大型
一時間も経たずして、多くの者は通信魔導具を手放し、一部は隊列すら保てずに崩れてしまっていた。
人の死体で道が埋まり、魔法攻撃や物理攻撃が飛び交い、指揮系統すらままならない。
被害を最小規模で収めるために、被害がまだ及んでいない部隊の隊長クラスは判断を仰がれる。
それは、壇上で話をしていた白鎧の男にも及んでいた。
「魔族や古龍種の出現後の連絡は!?」
と隊員たちをまとめながら、球体を手に急かすような声を出した。
すると、ぽうっと光って男の淡々とした声が返ってきた。
『途絶えている。今最も被害が出ているのが右翼部だと聞いたが、そっちの被害状況は』
「ここはまだ
『あぁ、こっちは全体進軍を中断させて散らばらないように連絡を飛ばしている』
『こちら左翼部! こっちも同じような状況だ! 市街地を離れて北西へと退くぞ!! すぐに隊を動かせ!』
声が変わった。他の部隊からの連絡だ。
「見捨てろというのか!? 近くで仲間が奮闘しているのだぞ……!!」
白鎧の男は、現在連絡が取れている隊長格の中で最も右翼部に近かった。
市街地に足を踏み入れはいる。しかし、まだ自分の隊に被害は来ていない。
自身の率いている部隊より奥側の連絡は取れていないが、彼からはその惨状が目視できていた。
『判断を誤るんじゃない。一旦進路を変えればいい。お前の部隊だけ行っても何も変わらない』
「しかし……っ、どうして、右翼は戦力が集中していたハズだ。崩れるはずが……!! くそぉっ!!」
今なお聞こえてくる叫声を必死に噛み殺す。
すまない、助けれずに、と心の中で泣きながら自分の隊に指示を飛ばように手を伸ばした。
「右翼部十六隊はこれより撤退を」
『――本部より、陣形右翼が壊滅した。右端の隊長からの最後の連絡があった』
被害状況の報告だと判断し、男は通信具の言葉を無視して市街地を抜けるように指示を飛ばした。
『――――――――――――』
しかし、本部からの連絡が耳に入った瞬間、白い鎧の戦士の思考は止まり、辺りが無音になったと錯覚した。
視界が点滅を繰り返し、口が半開きになって、茫然自失。
「……っ、ぁ……?」
男は耳を疑った。文字通り、耳に入ってくる情報が理解できなかった。
何故、どうして、そんなことがあるわけが、だが本部の連絡からは――……。
本部からの言葉を真っ白な頭でようやく理解すると、男の中である集団への信頼が瓦解した音がした。
同時、周りの隊員は市街地の奥から建物を壊しながらこちらへと高速接近してくる人型の影に気が付く。
恐怖、退避、間に合わないかもしれない。
その膨大な気配に恐れをなし、隊長の指示を待たず動き出した者達。
人波の中で一人佇む白鎧の男は、涙を流しながら、顔を歪めた。
「そんな……右翼部壊滅は、彼らの……てんせいしゃの……」
――スパンッ。
軽々しく刎ね飛ばされた頭部は血を撒き散らしながら宙を舞う。
地面に重々しく落下すると、自身が率いていた部隊の逃げ惑う足に踏まれてしまった。
◆◇◆
残された部隊は撤退し、領土戦線は多くの戦死者や行方不明者を抱えて失敗に終わった。
下位、中位冒険者の死亡者が最も多く、将来ある若者を失ったことは冒険者ギルドにとっても大打撃であった。
また、行方不明者の捜索を願う依頼がギルドや王国へと連日押し寄せるまでに。
上位冒険者を有す協会や『ARCUS第四地区』に存在する王国の兵隊も少なからず戦死者を出してしまっていた。
彼らは魔王領から撤退した数週の間、追撃を恐れて過ごすことになった。
そんなある日、新聞に掲載されたある記事が、この世界の認識を変えてしまうことになる。
『先の領土戦線失敗の原因は転生者に有り』――監査庁。
その一面に続き『崩壊の原因は、転生者が敵魔族に拘束されて情報を吐露したものであると通信魔導具のデータから分かった』と続けられていた。
行方不明者や魔王側の驚異に怯え、過度に情報を仕入れていた時に飛び込んできたその記事。
情報元は数百年前にこの世界を救った英雄達が建てた『世界平和』を謳う組織からの公表だ。疑う者はほとんど居なかった。
であるならば、国民の募りに募った感情の矛先は『転生者』へと向くのは必然と言える。
一週間も経たない内に、領土戦線へと参加した『転生者』を探し出し、吊し上げた。
自分らの潔白を泣きながら訴える彼らの言葉を聞かず、彼らは一方的に公開処刑を実施した。
◆◇◆
この世界は、よくあるファンタジーの世界。
人々が脅威に怯え、英雄を目指す子どもたちが冒険者になり、助けた村娘と結婚して生涯を終えるような。
日銭を稼ぐのに必死になる者が身内を奴隷として売り払い、その奴隷が貴族に買われて暴行を振るわれるような。
ただの数ある世界の一つ――だったはず。
転生者、という
今日も、世界システムの崩れ落ちゆく音が、どこかで鳴り響いている。
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