第35話 二日目 7:00-3
一階を探索中、颯斗は部屋の前で一人黄昏ていた。
ペアである桜はまだトイレの中である。男性の方が早く出るため手持ち無沙汰で、かと言って遠くにいる訳にも行かず、女子トイレのドアを凝視して暇を潰していた。
しばらくして、やけにスッキリした表情の桜が出てきて、
「お待たせしました」
「ん」
軽く喉を鳴らしただけで返事していた。
……大か。
言ったら怒られるんだろうなと思って颯斗は黙ったまま手近の部屋に入る。
ここに来るまでにもう一つ懐中電灯を見つけていたため、二人はぴったりくっついて行動する意味がなく、適度に別れて部屋を見ていた。
颯斗は適当に目に付いたものをバッグに仕舞いながら、
「鍵付きの部屋ってどこにあると思う?」
そう尋ねていた。
桜は懐中電灯を向けながら、
「え、えっと……」
「そんな真剣に悩まなくてもいいって。探してりゃそのうち見つかるだろうしな。つか、眩しい」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
急ぎスイッチを切り、今度は何も見えなくなった桜にため息を漏らす。
……空回ってんなあ。
やる気があるのは認めていた。ただ結果が付いてこないのは向き不向きがあって、それを無視して全てに手を出そうとしているからだ。
愚かで、ある意味では若さゆえいい経験になる。
大人になってやる前から諦めるより随分とましだと思って颯斗は放置していた。
と、その時、探索を再開して早々に桜が喜色を含んだ声で呼んでいた。
「颯斗さん!」
「どした?」
「これ見てください」
懐中電灯を振ってアピールする桜に、颯斗は微笑み返して近づいていく。
そこにあったのは何かの端末で、既にスマホが設置、ダウンロードが完了していた。
その速度からルールであることが伺え、
ルール十 サレンダー(降参)はない
スマホを操作し、追加されたルールを一瞥すると颯斗は親指を立てて桜を見る。
彼女も満面の笑みで颯斗を見ていた。
「よくやったな」
「はいっ!」
返事とともに小動物のように体を合わせに来る少女に颯斗は引きはがそうとせずただ受け入れていた。
……サレンダーはない、か。
当り前だろ、と頭の中で呟く。サレンダーなんてものがあったら皆そうしている。
それなのにわざわざ明記しているということは、通知しなければならない何らかの理由があったに違いない。しかし初期のルールにはなかった。それがどういう意味なのか――
「――だーっ、わかんねえ!」
「は、えっ、大丈夫ですか!?」
煮詰まった頭をかきむしる颯斗に、桜は半歩分だけ離れていた。
様子を伺うように上目遣いで見つめる目を見て、
「……ああ、すまん。ちょっと考え事しててな」
「なんのですか?」
「いや、本当にどうでもいいことなんだよ。気にすんな」
それ以上問い詰められないように颯斗は目の前にある頭に手を乗せて、ぐりぐりと強く髪を撫でる。
すこし油のついた頭髪は指の隙間を流れるように滑る。それが心地よく感じていると、下から伸びた手に払いのけられてしまった。
「やめてください!」
「ああ、悪い悪い」
「もう……これでも女の子なんですからね」
頬を小さく膨らませる桜を見て、
「悪かったって。もうしねえよ」
「ほんとですか?」
「マジだっての。タイプじゃねえんだ」
「……そういうことじゃない気がするんですけど」
より一層厳しくなった目つきに颯斗は困ったように眉をひそめていた。
劣勢を感じて、でもと話をすり替える。
「上手く行き過ぎてる気がすんだよな。全員が協力的だからかもしれんけど」
「大丈夫です。何かあったら私も戦います!」
拳を胸の前で構えた桜は大きく鼻を鳴らして答えていた。
やる気に満ちた目が颯斗をとらえていて、
……そういうことじゃねえんだよな。
言いようのない不安に頭を掻くふりをするしかできずにいた。
午前の探索が終わり、全員がルールを共有した後、一度拠点に戻ることとなった。
情報共有もだが一番の理由は一旦腰を落ち着けるためだ。前日から十分な休息を取れているとは考えづらく、なるべく多めに休憩に時間を割くようにしていた。
皆が思い思いに休息をとっている中で、一人春夏は自身のスマホの画面を眺めていた。
ルールを追加した時には気付かなかったが、役職のファイルを開くと自分の役職以外にも項目が増えていた。
そして、
役職 学者
タスク 全てのルールを把握する
追記 他の役職の情報が開示される
先ほどまでロックのかかっていた項目が解除されていることに気づき、その情報の整理に頭を悩ませていた。
総計十一人の役職の情報が表示されている画面で、何から、またどこまで皆と共有するか。
……困ったわ。
これは自分だけに与えられた武器だ。ただそれを共有した瞬間にイニシアチブは崩壊する。皆を信じてはいるが、一方的な弱者になる恐怖を看過できるほど覚悟が決まっていなかった。
クリアのためには完全な情報共有が必要だ。頭ではわかっていても縋るものがこれしかないという気持ちがせめぎあって、決断を鈍らせる。
……駄目よ、それじゃいけないわ。
あと一押し。それだけでいいのに勇気が出ない。
その時だった。
「傷が痛むのか?」
隣に座っている源三郎が声をかけているのに気づき、春夏は慌てて手を振っていた。
「――あっ!」
動揺しすぎていたせいか指にまで力が入っておらず、するっと抜けていくスマホを目がとらえていた。
宙を舞うそれは地面に衝突するはずだった。それを阻止したのは源三郎で、跳ねるように身体を前に倒すとすれすれのところでスマホを掴むことに成功していた。
「危ないな」
「まっ――」
待ってと、言い切る前に源三郎はスマホの画面を見つめていた。直前まで役職のファイルが開きっぱなしだったことに気づいて止めようとしたがもう遅く、彼の表情は時間が経つにつれ険しいものとなっていた。
……まずいわ。
最悪の形でばれてしまった。なぜもっと早く言わなかったと糾弾されるだろう未来が容易に想像できて、春夏はその沙汰を待つしかできずにいた。
そして、源三郎はスマホを返すと、
「困ったな」
「えっ?」
「なんだ、どうかしたのか?」
話に入ってきたのは益人だった。彼の言葉に源三郎は視線を向けると、
「春夏のタスクが終わった」
「おう、良かったじゃねえか」
「それで全員の役職の詳細がわかった」
「……へえ」
蛇のような目で益人が見ていた。
しかしそれは一瞬で、いつものやる気のない目に戻ると、
「で、何に困ってんだ?」
視線は源三郎へと向いていた。
「情報過多で混乱する」
「んなもん一個一個片づけていけばいいことだろ」
「多すぎるんだ。訳がわからなくなるぞ」
「……任せた」
任せちゃうんだ……
想像と違う方向へ話が向かっていたため春夏は惚けた顔で様子を見ていた。
そのせいで全員の視線が集まっていることに気づくまで少しの時間を要し、
「……えっ?」
「えっ、じゃねえよ。スマホ持ってんのはお前なんだからしっかりしてくれよ」
呆れたと、ため息をつく益人に、
……ああ、救われちゃったんだ。
どこまでが計算で行われたのかは分からない。しかしまだ立場を揺るがすほどの事態になっていないことだけは確かだった。
気合いを入れるように息を吸い、春夏は一同の顔を見てから、
「──役職の整理を始めましょう」
そう強く宣言していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます