第36話 二日目 11:00

 まず、と言って春夏はスマホを皆に見えるように掲げて見せる。

 ゆっくりとスクロールし、そして、


「ここに十三個の役職の説明があるわ」


「じゃあ十三人いるってことか?」


 単純な計算をした颯斗に、春夏は首を振る。

 画面下部に表示されている二つの役職の名前の前にはアスタリスクがついていて、


「二つは例外なのよ」


「例外?」


「それはまたあとでね。とにかく参加者は全部で十一人のはずよ」


 確実と言えないのは役職のない参加者がいるかもしれないからだが、ほぼほぼあり得ないと考えていた。少なくとも参加者の間では条件はイーブンであるはずだしルールにもそのようなことは書かれていないからだ。

 この場にいる七人の他、囚われの身である蓮、ペアで行動しているだろう男女二人、そして四階で出会った人。参加者と把握している人間を数えてみると先ほどの数と一致していた。

 つまりは、


「一応全員と出会ったことにはなるみたいね」


「なるほど」


 一度深く頷いた源三郎は、次を、と目で催促していた。

 言われずとも話す。が、何を話すかで悩み、結局は上から順番にでいいかという結論に落ち着く。

 春夏は画面を上にスクロールし、二番目の役職説明のところで指を止める。


「一番上は和仁君の役職だからもういいわよね? 次の役職から説明するわ」



役職 騎士 

タスク このSPを所持した状態で魔女を殺害する

追記 このSPに作用する全ての効果を無効にする


 読み上げたのはこの場にいない蓮の役職のものだ。

 タスクをクリアするためには人を殺す必要がある。犠牲者は一人で済むが探す必要があるため狩人のほうが楽に思える。

 と、今は関係ないわねと春夏は意識を切り替える。

 誰一人殺さないし殺させない。薬を手に入れる別の方法を探る必要がある役職とだけ覚えていればいい。

 じっくり話す必要もないと春夏がスクロールしようとしたとき、颯斗が言う。


「最後に役職だけは言って出てってくれて助かったぜ」


 頭の後ろで腕を組む颯斗の真意がわからず、


「そう? どうしてそう思うの?」


「あ? そりゃ後の三人がなんの役職かが絞りやすくなるだろ。そしたら譲歩できる余地も生まれんじゃねえの?」


「どうして――」


「どうしてって。例えば、狩人みたいに後回しにしなきゃいけないタスクだったら先に薬の用意がなきゃ賛同しねえだろ」


 なあと颯斗は和仁を見る。

 急に話を振られた彼は、えっと声を漏らして周囲に意見を求めていたが、誰も目を合わせようとしていなかった。


「えー、見捨てられちゃうんですか!?」


「見捨てねえっての」


 隣にいた益人が叫ぶ和仁の頭を叩いていた。

 そして、


「見捨てねえけど、今んとこその方法がわかってねえからどうするか話し合ってんだ。小僧もわかってて嫌がらせみてえな質問してんじゃねえよ」


 軽くにらみを利かせる益人に、けっと唾を吐くように声を出して颯斗は答えていた。

 険悪なことは仕方ない。春夏はいがみ合う二人を無視して次の話題に意識を向けていた。



役職 魔女

タスク 十一台のSPが一部屋にある状態を作る

追記 SPに作用する毒の作成が出来る



 言葉にして、

 ……コメントに困るわ。

 読み上げただけで黙る春夏に、


「毒ってどんなものなんでしょうか?」


 話しかけてきたのは桜だった。

 それに乗っかる形で益人が、


「俺みたいに専用の部屋があるのかもな」


「可能性としては調剤室だけどあったかしら」


 今日の探索前にちらと立ち寄った記憶を辿るが、それらしきものはなかった。

 が、不思議そうに見つめる益人と目が合う。


「いや、コンピューターウイルスみたいなもんなんだからPCのほうだろ」


 えっ、と春夏は言った後、数拍置いてから、


「……そ、そりゃそうよね」


 益人の目線に耐えきれなくなり、赤らめた顔を逸らしていた。

 ……恥ずかしい。

 などと言っている場合でもないと、目をきつく閉じて頭を切り替える。

 改めて、魔女のタスクを考えると、この状況なら難しいことではない。三日目まで待ってもらわなければならないがそれ以降ならば比較的簡単に交渉できるはずだ。

 疑い深い相手に優位に進める材料が手に入ったことは素直に喜ばしい。それ以上目を引くところは無いため、次と、春夏はスクロールを進める。

 途中、指が少しの間だけ止まり、



役職 奴隷商

 


「これについてはまた後でね」


 一言だけ残してすぐ下の項目へと移る。



役職 恋人

タスク 指定された相手以外の人が全員死亡した状態にする。その際自分で手を下す必要はない

追記 指定された相手の位置を把握する



 その説明を聞いて、一同は静かに目配せをしていた。

 悩む必要はないのだが、それにしてもと、言葉を失わせていた。

 ただ埒が明かないと最初に口を開いたのは颯斗だった。


「一つだけ難易度バグってんじゃん」


「そうですね。相方が死んでたらその時点で終わりですから、一人篭もることも出来ない。相性がいいのは狩人ですかね」


 颯斗に続き、桜が口を開く。

 ペアが作りやすいというメリットはある。ただそのために殺さなければいけない人の数を考えただけで気持ちが萎えるようだった。

 


役職 生存者

タスク 四十七時間生き延びる

追記 なし



 これ以上話すことはないかなとさっさと次に移った春夏は、読み上げた後に軽く息を吐いた。

 あまりに薄い内容に話を膨らませることが出来ずにいた。


「シンプルだな」


 それを代弁するように、源三郎が呟く。


「逃げるだけでいいんだもんな。俺もこれが良かったよ」



役職 裁判官

タスク 三日目以降にタスクが未達成のものを一人殺害する

追記 三日目までタスクは表示されない



「先に知れて良かったです」


 益人の乾いた笑いを無視して祐子が言う。

 気がかりだった内容だけに、知れて良かったと言うが、タスククリアの為には人を殺める必要があるし、役職による特権も特にない。

 情報の出し惜しみがあった割には、と微妙な表情を何人かが浮かべている中で、益人じっとりと見つめていたスマホから目を外すと、

 

「これ、状況によっては詰んでる可能性もあるよな」


 たち悪ぃと小さく零す。

 その一言に春夏はもう一度スマホを見て、

 ……確かに。

 ゲームの進行が早く、既に生き残っている人が全員タスクをクリアしていたら裁判官のタスクはクリア出来ない。それどころかもう一つ、三人殺す特別ルールも三日目に残っている人数によっては不可能になっている可能性もある。

 たちが悪いと言った益人の真意はそこにあるのだろう。

 そもそも、と春夏は思ってそれを口にする。


「タスクが終わっているかどうか確認する術もないし結局殺し合いよね」


「だな」


 なんてことないように言うが、当の本人である祐子の顔は酷く強ばっていた。



役職 ※奴隷 

タスク タスクを失う

追記 所有者の命令には従わなければいけない。所有者のSPより解放されることが出来る



役職 ※解放者 

タスク クリア済み

追記 任意のタスクをクリアしたことにできる



 最後までスクロールし終えると、春夏は胸を押さえてスマホを床に置く。

 目を引くのは春夏よりもスマホだ。二人分の役職が表示された液晶を何度も確認する姿を春夏は不思議と冷めた目で見つめていた。

 出した。これで全て。この後どうなるかはもう分からない。

 しかしもたらした情報は垂涎のものだ。奴隷を経由して解放者にすればどんな無茶なタスクもクリア扱いに出来、解放者によってもう一人もクリアにできる。

 いきなり難点が二つも解消してしまったことに歓喜と、

 ……都合よすぎない?

 作業としては開始早々にクリア可能だ。人数も三人入ればいい。それでその三人は薬を飲んで最後の時間までひっそりとしているだけで賞金が得られる。

 なんて不公平なんだと春夏が考えている横で、一際厳しい表情を益人は浮かべていた。


「……どうかした?」


 気になり声をかけると、


「いや、最悪だよなって」


「最悪?」


 どこがという思いは他の面子も同じで視線が益人に集中する。

 彼は動じずに、ゆっくりと話始めた。


「相手になんでも言うこと聞かせられるんだろ? 俺ならそこら辺の女捕まえて最終日まで篭ってるわ」


「え、エッチなのはダメですよ!」


 その言葉に強く反応したのは桜だった。

 顔を真っ赤にして、うぶな反応に益人はするか馬鹿、と怒鳴り、


「寝首かかれたらたまんねえからな。タスククリア出来なくなった奴が何するかわかんねえし」


「解放者になればいいじゃない」


「その情報は奴隷の時はわかんねえじゃん。それに言うことに従うったって行動を強制できる訳でもないしな。やけになられないように暴力で縛り付けるしかねえよ」


 めんどくせえと口癖を言う益人に、口を挟む者はいなかった。

 と、その時颯斗がスマホを見ながら、


「まずい、時間ねえぞ」


 彼の言うとおり、初日に約束した時間まであと十分もなかった。

 総括して次に進まなければ、春夏は口を開く。


「狩人、騎士、恋人、裁判官のタスクをクリアせずにどうにかすればいいんだけど、奴隷と解放者、後は初期化で三人は問題なしね」


「初期化ってタスクやり直しになるのか」


「私か生存者のスマホを初期化すればいいわ。そしたら再クリアも簡単でしょ?」


「つまりあと一人か」


 颯斗と確認していると、益人が口を挟む。


「それで納得するか?」


「納得させるのよ」


 あえて強気に、宣言する。

 残りの時間でできることはないため、それ以上の策は用意できない。

 ……やらなきゃ、終わりなのよ。

 大丈夫。きっと上手くいく。そう信じて春夏は立ち上がる。

 状況はかなり好転している。あと一人どうにか出来れば皆で幸せにゲームクリアできる。


 そのあと一人ということがどういうことか正確に理解しているものはまだ居ない。

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