第26話 初日 20:00-7
「なあ」
「なんですか?」
三十分ほど探索を進めた辺りで、益人がつぶやくと返事が返ってくる。
あれから使えるもの、使えない物、何に使うかわからないものを手に入れていた。一度拠点に戻り荷物を整理するほどの収穫に雰囲気も明るくなるのは当然だった。
アドオンも二つほど、ルールも追加で一つ見つかっており、
ルール六 病院内にはアイテムとアドオン、そして情報が設置されている。情報以外で一度取得されたものは再配置されない。またアイテムはそのまま使うことが出来るが、アドオンはSPに読み込み使う。SP一台につきアドオンは一つしか読み込むことが出来ない。
既に知っているほうからすればだからなんだという内容であるが、学者のタスクが一つ進むことは大きい。アドオンはスマホのライト機能とカメラ機能の解放だった。少し前ならライトのほうは喜んだかもしれないが、懐中電灯を必要分手に入れている現状では使い道に困ってしまう。
ただ一つ、あってもおかしくない物が未だ見つからない事実が妙に引っかかり、
「前々から思ってたんだが、地図ってないのか?」
「地図、ですか?」
「館内図だよ。探索系のゲームならだいたいあるだろ」
「いやこれ現実ですし」
イラッとした。ものすごくイラッとした。
まるで非常識なことを言っているのはこちらのような口ぶりに、益人は苛立ちを隠さず舌打ちをして、
「わかってるよ。でもどこに何があるか分かりにくくてしょうがねえだろ」
「まあ、そういわれればそうですけど。そういうのってアドオンになるんですかね」
可能性としては確かにそこら辺だ。だが高々地図が一人しか使えないということはあるのだろうか。
それこそ、
「受付か入口にあるもんじゃねえのかなあ」
「入口ですか?」
素っ頓狂な声を出して和仁は視線を向ける。
入り口といえば一階にあって当然の箇所だったが、そこから脱出はできないルールになっているため探索を後回しにしていた。ただ一階の探索も大体が終わってしまったため次の目的地としては丁度良かった。
「おう、行ってみるか」
何もなければそれはそれ。半分期待と半分諦観を持って三人は移動する。
入り口と思われる場所はすぐ近くにあった。だだっ広い円形のエントランスから異常なまでに積まれた瓦礫が目に入る。
決してここから出さない、そう強い意志を感じるほどで、瓦礫のほかは地面にしっかりと打ち付けてあるカウンター以外特に目を惹くものはない。
「……なんもねえな」
目の前の光景を見た感想をそのまま言葉にする。
「入口ですし」
後ろから呆れたような声が聞こえていた。
……わかってるっての。
いちいち小うるさい和仁を無視して、益人は封鎖されている入り口に向かう。
天井に着くほど隙間なく木材やコンクリート片が積み重なっている。いくつかは手でどけることも可能そうだが人が通れるまでとなると全員で取り掛かっても時間内に終わるか不明だった。
「ご丁寧に瓦礫を山積みにしやがって」
悪態をつきながら瓦礫に押し出すように蹴りを入れる。
その程度ではびくともしないことはわかっていた。だから残るのは虚しさだけ。
その時、
「あの、これってなんでしょうか?」
いつの間にかカウンターの内側のほうへと移動していた和仁が何かを見つけたらしく手を振っていた。
「あ?」
なにか面白い物でも見つけたのか、その表情は喜色に満ちていた。これでくだらない物だったらぶん殴ると心に決めて益人はゆっくりと近寄っていた。
回り込んで和仁の隣に立つと、彼の視線を追う。カウンターすぐ後ろの壁、腰より少し低い位置に何かの機械が埋め込まれていた。
パネルのような板状で、太い線が三本左下から対角に伸びているイラストが表面にある。一見なんでもない、ただのステッカーのようにも見えるが明らかに浮出て存在していた。
「非常口の案内、じゃないっぽいな」
「ここにスマホを当てるんでしょうか?」
「やってみろよ」
それが何なのか見当もつかず、益人は試しにと他人を使うことにした。
なんの疑いもせずジーンズのポケットからスマホを取り出した和仁は、パネルにかざす。
ピッという音とともに画面が発光を始め、馴染みのあるダウンロードバーが表示されていた。
待つこと一分足らず。ルールとアドオンのちょうど間辺りの待ち時間を経て、ダウンロードは完了していた。
「……出来ました」
見りゃわかるという言葉を飲み込んで、
「よくやった」
形だけでも褒めておく。
分かりやすく喜ぶ和仁に興味はなく、益人の目は画面に釘付けになっていた。
ダウンロード前までは『ルール』、『役職』、『アドオン』と画面上部にアイコンが三つ並んでいたが、今は『アドオン』のところは『マップ』に変わっていた。『アドオン』は『ルール』の下に移動されている。
待望のものが得られたという歓喜の前に、
……アドオンより先に入手が想定されてんなあ。
アイコンがわざわざ並び替えられていることばかりが目に入って素直に喜べないでいた。
些事に過ぎないのだがもやもやするなあと考えているのを他所に、和仁はマップのアイコンをタップしていた。
数秒見つめてから、
「これ一階部分だけみたいですね」
「問題ねえよ。各階に同じような端末があるってことだろ」
言いながら益人もダウンロードを開始する。特に制限もなくダウンロードは開始していた。
三人がダウンロードを終えるまでそう時間はかからず、各々のスマホで情報を確認していた。
「調剤室はスタッフルームの奥か。それがわかっただけ上等だな」
地図を眺めて一番の収穫はそれだった。
思えばタスククリアしてもそこが分からなければなんの意味もない。
望外な成果に顔を綻ばせていると、
「……これ、おかしくないですか?」
水を差すように祐子が言う。
「何がだ?」
「あれがないんです」
あれってなんだよと、益人は眉を顰める。
スマホの画面を見ていた祐子はそれに気づかず、
「霊安室です」
短くそう告げた。
スマホの地図を見返すと、隅から隅までしっかり見ても確かにない。ただそれは一階にないと言うだけの話で、
「二階じゃないのか?」
「いえ、病院の清掃バイトしてて聞いたんですけど、搬出のことを考えて一階、もしくは地下にあるものらしいです」
「じゃあ、一階に無いって事は」
「地下、があるってことですよね」
消去法でそれしかなかった。
……でもなぁ。
地下がないとは思わないがあるという確証もない。病院と言われているがそれだってただ呼称しているだけで実際は違う目的の建物だったかもしれない。
半信半疑という表情を浮かべていると、祐子は尚も口を開いた。
「あとひとつ、事務室もないんです」
「んなもんまであるのかよ」
「はい。というかこういう大きい病院には敷地内外に別棟があったりするんです」
そうだったかなと記憶を辿る。幸いなことにそもそも今まで大きな病気というものをしたことが無いためよく分からない。
ただ出勤中にある大学病院には確かにそんなものがあったような気がして、
「あーあるかもな」
「研修棟とか事務棟とか」
いや、そこまでは知らねえよ、と言うと話が進まなそうなので堪える。
同じように地図を見ていた和仁は首を傾げながら、
「でも病院の屋外に出ることは認められてないんじゃ」
「んなもん渡り廊下でも連絡通路でも使えば問題ないじゃねぇか。くそ、ここから探索範囲広がるのは想定外だぞ」
「それが狙い、だったり?」
「タチが悪い話だぜ。報告する内容も増えたし今夜は寝れねぇな」
幸か不幸か、この場合は不幸と捉えると益人はため息をつく。
ゲーム初日でまだ良かった。そう思えることだけが幸運だった。
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