第25話 初日 20:00-6

「んじゃぼちぼち探索するか」


 三人なった拠点で座りながらスマホを見ていた益人が言う。

 大きくあくびをしながら立ち上がると、大きく体を逸らして背中の筋を伸ばしていた。

 やる気があふれているようにも見える行動に、


「あれ、行くんですか?」


 和仁は目を丸くして聞いていた。


「そりゃな。いきなり襲われたら逃げ場ねえもん」


 部屋を一周見まわしてみせた益人に、確かにと和仁はうなずいていた。

 暇すぎるのも考えもんだな……

 何を悠長なことをと、益人は笑う。時間は過ぎているが死ぬ実感はなく、状況も悪くない。意図せず怪我人は出たがどうにかなるだろうとすら思えていた。

 それを油断というのか余裕というのか今は誰にも答えは出せない。結果を見て判断するしかないからだ。

 ふと、新入りの女性、祐子と目が合うが、その瞬間にすごい勢いでそらされてしまった。なんだと思うが気にする必要もなく、


「これで全員の参加者とあった訳だろ。そのうち一人以外とは殺さずの約束が出来てるんだ。時間制限があるとはいえ、ランダムに出てくるマーダー以外敵が居ないなら安全が担保されているようなもんだろ」


 そう言い残して益人は部屋を出る。

 急に残された二人も顔を見合わせた後、カルガモの親子のように後ろを追っていた。





「なんもねえな」


 何部屋か探索を終えた益人はそう呟いていた。

 それを真横で聞いていた和仁は首を傾げ、


「そうですか? 結構集まってると思いますけど」


 途中で手に入れた、丸々と太ったバッグを掲げて見せていた。

 物資の量で言うならば十二分に集まっている。部屋の中が暗かろうとも扉を開けておけば中はほとんど視認可能であるためだ。それに幾度目とも分からない探索でだいたい物がどこに隠されているか理解出来てきたのも要因の一つだった。

 しかし、目新しい物という意味では殆ど成果が上がっていない。食料や医薬品、拳銃にバッグ、そして懐中電灯を二本ほど。有用ではあるがどれも今ある物が手に入っただけで攻略に繋がるようないいニュースとはなっていない。

 焦るということは無い。ただただ面白味がなくて飽きていた。


「それより眠くなってきたな」


「まだ探索初めて三十分しかたってないですよ」


 間髪入れずに突っ込む和仁に、冗談だよと笑って見せた。

 つい先程もごろごろと自堕落に過ごしていたため眠気というものはない。むしろ調子がいいくらいで、


「しかし、ゲームしてる時の方が生活環境がいいのは癪に障るな」


「仕事ですか?」


「そうだよ。クレームの電話が夜中だろうがひっきりなしにかかってくるからな。こっちの休みなんて気にしやがらねぇ。ある意味今の状況は久しぶりの休暇だよ」


「社会人って大変なんですね」


 他人事のように言う和仁はバッグに入り切らなかったペットボトルの水の封を切り、口をつける。

 数年後のお前の姿だぞ、と思ったが案外大成するかもしれない。そう考えると少しだけ惨めに思えて、


「学歴もねえ資格もねえで雇ってくれてるだけマシさ」


「そ、そんな体を壊すような働き方で嫌じゃないんですか?」


 不意に飛んできた言葉に益人は内心で驚いていた。

 祐子だった。後ろをついてきて指示には一応従うから人形みたいな奴程度にしか思っていなかった彼女は、部屋の対角辺りで棒立ちしていた。

 ……遠くね?

 人にはパーソナルエリアというものがあり、他人が不用意に近づくと不快感や圧迫感を感じるものだ。その距離感は人によってまちまちで益人も広い方であると自覚はあったが、祐子のそれは異常だ。会話するという意思すら感じられない。

 なのに声をかけてきたのを不思議に思いつつ、


「なんだ喋れたのか」


 一言、思った事を発するとびくっと肩を跳ねさせていた。

 嫌われている。一目でわかる反応に何かしたかと考える。いや、何もしていないはずだ。

 なのになんでか、頭を捻って考えても思いつかず、まあいいかと結論づけて、


「嫌かどうかじゃねえ。やんなきゃ生きて行けねえだけだよ。そっちだって大差ないだろ」


「……私はフリーターです」


「だから?」


「正社員みたいなちゃんとした人間じゃないんです」


 あほくさ……

 思わず漏れたため息にいちいち反応する祐子がちょっと鬱陶しい。

 だが大体の人となりはわかった。人の顔色を伺い、陰へ陰へと目立たずに生きてきたのだろう。自己肯定感の低さも相まって暗い性根が見えていた。

 顔は、よくある目も当てられない程ではなく普通だ。前髪が邪魔と思えるほど長いが普通に抱ける程度。ただ不健康そうな肌に傷んではね散らかっている髪はイメージ通りで笑いを誘う。

 つまらない人間がつまらないことを言うほどアホらしいことは無い。益人は欠伸を咬み殺すこともなく見せつけると、


「関係あるかよ。税金と保険料払ってりゃ立派な大人だ。それ以上を望む世の中の方がおかしいんだ」


「そう、ですか?」


「さあな。人の評価なんて簡単に変わっちまうもんなんだから気にしたって仕方ねえだろ」


 昨日と今日、いや五分前ですらころころと変化する。自分がなにかしていなくても、どこからか転がってきた要因で上がったり下がったりするものに信など置けるわけもない。

 世の中が求める最低限、それだけやってればいいのだ。業務内容については売り出すと決めた社長が悪いのであって一社員に落ち度は無い。

 ……嫌なもん思い出したわ。

 いつか殺してやると心に決めた成金クソ野郎の顔を振り払う。大事なのはカウンセリングでもマウントをとる事でもないからだ。


「つうかそんなことより俺が生き残るために必要なもん探せや」


「は、はい……」


 手が止まっている、その事を指摘された裕子は慌ただしく周囲を見て回っていた。


「大人なんですね」


 そう言ったのは和仁だ。

 わかった風ににたりと笑う姿がイラッとする。

 

「馬鹿にしてんのか」


「してませんよ」


「なんでもいいが蹴飛ばされないうちに成果上げろよ」


 そういうと一人益人は部屋から退室する。

 大きく息を吸い、また大きく息を吐く。

 ……これじゃ子守りじゃねえか。

 楽をしようと、回り回ってより苦労する。思い返せばいいつもと変わらないことにため息も涸れていた。


 

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